グーニーズのストーリーには夢を叶える2つの要素が描かれています

あなたはグーニーズという映画を観たことがありますか?
グーニーズって、大人になってから改めて観ると、
夢を叶えるのに大切な要素が描かれているんですよね。
夢を叶えるための大切は要素は2つ描かれているのですが、
あなたはそれが何だかわかりますか?
今回は、グーニーズを振り返りながら、2つの夢叶要素について考えてみましょう!
どんなストーリーだったかな?

有名な大ヒット作だから、観たことがある人の方が多いとは思いますが、少しだけどんなストーリーだったか触れておきますね。
公開は、1985年公開ですって。
ということは、ぼくはまだ11歳の小学生のころに観たんだな。
懐かしいわけだ。
シンディローパーの歌う主題歌も、大ヒットしましたよね。
CYNDI LAUPER - The Goonies 'R' Good Enough[グーニーズはグッド・イナフ] (映画『グーニーズ』より)
舞台は、アメリカのオレゴン州で、そこに住む、グーニーズという子どもの4人組が海賊の宝探しをするお話ですよね。
たしか、グーニーズのメンバーで主人公のマイキーのお父さんがすごい借金を抱えていて、次の日までに借金を返せないと家をあけ渡さなければいけなくて、そのせいでグーニーズも次の日には解散になってしまう。
そんな人生の転換期に、屋根裏で伝説の海賊の宝の地図を見つけて、一攫千金の大逆転とグーニーズの最後の思い出づくりのために洞窟探検しに行くんですよね。
でも、その洞窟の入り口のあるレストランはギャングのアジトになっていて、なんだかんだでギャングに追いかけられながらグーニーズに主人公の兄と兄の彼女まで巻き込んで洞窟を探検するハメになる、という冒険コメディでした。
ぼくはグーニーズが大好きだったのですが、その理由を大人になった今考えてみると、グーニーズのメンバーもその兄や恋人も、特別なスキルを持っているわけでもない、きっと当時のアメリカの田舎町によくいたタイプのちょっとわんぱくな子どもだったんだと思うんですよ。
この、主人公たちに特別なスキルがないところに共感しやすかったんですよね。
ぼくの思い出

ぼくが小学生のころを思い出すと、今は絶対にできないと思いますが、鬼ごっこのとき、近所の塀を乗り越えて知らない人の家の庭に隠れたり、勝手に社宅の屋上に上がって鳩の亡骸を見つけると、「ここは呪われてる!逃げろ!」とか言いながら走り去ったりしてました。
そんな話じゃなくても、行ったことのない隣町まで友だちみんなで自転車に乗って走って行くだけでも大冒険気分を感じていました。
そんな冒険の前は、友だちと「どの道を通って行こうか?」、「何を持って行く?ポカリスエットはぜったいにいるよね?」なんていう話をしているのが楽しかったのを記憶しています。
みんな、何もできない子どもたちだったけど、そんな小さな冒険を仲間と繰り返すうちに、できることが増えたり、頭の中の地図がどんどん広く精密なものに書き換えられていって成長したんですよね。
グーニーズも基本は一緒

グーニーズのメンバーも、みんなまだ自分のスキル、得意なことがわかっていたわけじゃないんですよ。
ただ、子どもの特権、根拠のない万能感で突き進めただけじゃないですか?
根拠のない万能感を、とびっきりの好奇心と言い換えてもいいかもしれませんね。
そりゃあ、ぼくが近所の社宅を探検する規模と、グーニーズが海賊の宝を探しにトラップだらけの洞窟を探検するのではスケールが違いますけど、ぼくの家の天井裏には徳川の埋蔵金の地図は隠されていなかったのですから、仕方がないじゃないか!(えなりかずきのモノマネで)
基本的には、興味にひかれて進んだ先で初めての出来事に遭遇するたびに、解決方法を考えて実行するのを繰り返しているんですよね。
自分の子どものころの冒険も、グーニーズの冒険もここが一緒の部分なのですが、
1人では心が折れてあきらめてしまうこと、足がすくんで引き返してしまうことも、仲間とはげましあったり、アイデアを出し合えるから乗り越えられた場面がたくさんあることなんですよ。
目の前に次々と起きる初めての体験を、仲間と一緒に試行錯誤、右往左往しているうちに、メンバーのみんなが自分なりのやり方で切り抜ける方法を見つけていく。
つまり、グーニーズは誰もが一度は経験する成長のストーリーなんですよね。
そういえば、主人公がラストシーンでいつも肌身離さず持っていた喘息の薬を投げ捨てるシーンがありましたが、それも印象的です。
蛇足ですがイットもグーニーズ

ちなみに、2017年にヒットしたホラー映画『IT/イット』も基本的にはグーニーズと同じストーリーだと、ぼくは感じました。
イットって観ていると、なんだかんだでコメディー要素が入っているんですよね。
そして、ラストに向かって仲間と一緒に恐怖を乗り越えていくストーリーになっています。
ぼくはホラー映画が好きなので、イットを観てラストでスカされた気分になったんですよ。
「いやいや、子ども向けのホラーなら、最初に教えておいてよ」って。
最初から、現代版グーニーズだって知っていたらもう少し楽しめたのに、もっと恐ろしいホラーだと思っていたからガックリしたという話でした。
まとめ~大人になってもグーニーズ

グーニーズを振り返ってみると、家を売り払い、仲間との別れが目の前に迫っているという人生の転換期に起こした行動には、夢を叶える2つの要素の大前提がありましたね。
それは、みんな最初は特別なスキルなんてない、もしくは気づいていないということです。
グーニーズのメンバーは、みんなアメリカのどこの田舎町にもいそうな、ちょっとわんぱくで、子どもが持つとびっきりの好奇心はあったけど、超能力やズバ抜けた身体能力もなく、それどころか主人公のマイキーは喘息持ちの少年でした。
そんなメンバーが洞窟探検で見せた、夢を叶えるための2つの要素がありました。
1つ目の要素

好奇心で前に進み、初めての経験は直面してから考える。
大人になると、好奇心より恐怖のほうが勝ることも多くなりますよね?
その恐怖は大抵、事前に予測しすぎて悪いパターンが印象に強く残ってしまい足がすくむことで起こります。
豊富な人生経験で事前に予測ができるのは大人のいいところではありますが、あまり心配しすぎるとチャンスを棒に振ることになりかねません。
夢を叶えたいなら、ある部分では子どもを見習って好奇心優先で進みたいものですね。
どうせ、新しい経験なんて予測できないのですから。
2つ目の要素

赤信号みんなで渡れば怖くない。
これは、周りを気にしがちな凡人でも、みんなで一緒なら行動できてしまう心理を茶化して表現した1980年の流行語です。
心配しすぎるな、と言われても、大人になると自然と色々な予測が頭をよぎってしまい、心配してしまうのもです。
それは子どもだって一緒です。
グーニーズは、色々なトラップを目の前にしたり、ギャングに追いかけ回される中で恐怖で足がすくむ経験を何度もします。
でも、最後に乗り越えられたのは仲間がいたからです。
仲間がいたから心強かった、というだけではないですよね。
仲間がいたから、アイデアを出す能力だったり運動能力だったり、みんなそれぞれが少しだけ優れていた能力を出し合いながら、目の前に次々と現れる初めての経験をクリアしていけたんです。
これはすごく大切な要素だと思いませんか?
日本はマンガ文化が大きく発展して、多くの人が子どものころからマンガを読んでいます。
でも、日本のマンガの多くは、北斗の拳からワンピースまで、仲間と困難を超えていくストーリーは多くあるのですが、主人公を含め仲間はみんなバケモノ級のスーパー能力を持っているので、グーニーズのような平凡な仲間で足りない部分を補い合いながら困難を乗り越えるイメージがしにくいのではないかと思うんですよ。
というか、凡人でも冒険していいというストーリーが刷り込まれていない。
だから、『赤信号みんなで渡れば怖くない』という流行語はみんな知っていても、この流行語が夢を叶えるために使えるということに気づいていない人が意外なほど多いんですよ。
パートナーが見つからないときに考えてほしい案

お化け屋敷にひとりでは入れないけど、友だちと一緒ならむしろ入りたいという人がいるじゃないですか?
それと同じで、夢を叶えるのだって、ひとりでは道無き道を目の前すれば足がすくむけど、誰かと一緒ならむしろ歩いてみたいと思う人はいるでしょう?
これを読んでいるあなたも、いまそう思ったかもしれませんね?
とはいえ、会社員をしていると「一緒に歩いてもいいよ!」と言ってくれる人が周りから見つかるほうが稀ですよね?
でも、大人だってやっぱりグーニーズのようにパートナーがいたほうが成長が早いですよ。
でも、会社員として円滑に生活するためには同僚に相談しにくいし、友だちも結婚していたりして巻き込みにくいし・・・。
という環境的な難しさというのがありますよね?
そういうときには、コーチに相談してみるのもいいですよ。
コーチはコンサルタントではないので、あなたの進む道や歩き方を上から指示したりしません。
あなたと一緒に歩いて、あなたの成長をお手伝いします。
はやい人で3ヶ月、ゆっくりの人でも6ヶ月以内に自分の成長を実感しています。
○転職したほうがいいのか悩んでいる。
○自分に独立できる才能があるか不安。
○恋愛や人間関係がうまくいかなくて悩んでいる。
○田舎に移住しようか迷っている。
○ストレスから解放されるために環境を変えたいと思っている。
など、人生の転換期を迎えている人に、様々な選択肢があることに気づいてもらい、短期間で悩みからスッキリおさらばしてもらいたいと思います。
グーニーズのように、人生の転換期にはパートナーと行動を起こしましょう!
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やっと自由を手に入れたはずが……定年退職後に孤独に陥らない方法

日本では、超高齢化社会を乗り切るための技術開発が進む一方で、会社員が定年退職後に孤独になり、ひきこもりになったり精神的に病んでしまうことが問題になりつつあります。
公益財団法人長寿科学振興財団によると、日本は2007年の時点ですでに超高齢化社会に突入していたのですが、高齢者の孤独化による引きこもりなどの問題が注目されだしたのは10年後の2017年ごろからで、それは日本人が100歳まで生きるのが当たり前になる、つまり人生100年時代に突入したと言われだしたころと同時期です。
今回は、定年退職後に孤独に陥らず、楽しい第2の人生を謳歌するための対策方法についてお話します。
どうして孤独になるのか?
日本人男性の定年後は世界一孤独、と表現する人もいるくらい、定年後に孤独を感じる人は多いんです。
会社に勤めていたころは獅子奮迅の活躍をしていた人、周りから頼られながら仕事をしていた人でも孤独を感じるようになる原因は、いったいどこにあるのでしょうか?
サラリーマンには近所づきあいがない

会社勤めをしていると、朝早く家を出て、空が暗くなってから帰宅する毎日で、ご近所さんとコミュニケーションを取るタイミングはほとんどないですよね?
昭和の時代なら、子供が多かったこともあって、まだ週末にソフトボール大会があったり、ご近所さん同士でバーベキューをしたりと交流があったのですが、平成以降はマンションの隣の部屋にどんな人が住んでいるのかすら知らないと言われるくらい、ご近所付き合いは薄くなっていきました。
平成以降のコミュニティの分断により、サラリーマンが定年退職後に入れる身近なコミュニティが消失してしまったわけです。
このご近所コミュニティの消失も、定年後の人が引きこもりになりやすい一因です。
肩書きの怖さ

肩書きがなくなると、引くほど周りから人がいなくなるんです。
会社勤めをしていると、会社に行けば同僚がいて話し相手に困らないし、取引先などにも仕事以外の話もできる親しい関係になっている人がいて、社会人としての仲間を感じられる環境が当たり前になっていると思います。
でも、退社すると状況が一変します。
本当に肌寒さを感じるくらいに、周りから人がいなくなるんです。
同僚だった人は、日中は仕事ですからあなたと世間話をしている暇はありません。
これまでの取引先の人も、仕事の関係がなくなると、本当に素っ気なくなります。
ぼくも経験があるのですが、ある平日の夜、デパートで偶然出会った取引先の人は、久しぶりなのにも挨拶もそぞろにサッと目の前から去って行きました。
ビジネススマイルって怖いなあと、その時は思いました。
同時に退社した同僚も、不思議と連絡が途切れてしまうのですが、それはお互いに共有していた環境から離れ、共通することがなくなっていくからだと思います。
まあ、みんな忙しいから退職した人が目に入らないといえばそれまでなのですが、周りから人がいなくなって初めて、周りの人があなたを見ていたのか、それとも会社の肩書きを見ていたのか?ということが残酷なくらい露呈します。
本当に自由だから迷う

サラリーマン、ビジネスマン、会社員、どの表現でも同じですが、企業に勤め続けた人はエリートだろうが窓際族だろうが関係なく、社会の見え方が大きく偏っています。
もう、会社に勤めている人は全員と言いきってもいいです。
どうして偏った社会の見え方になるのかというと、上述した肩書きがあなたの社会的な立場を担保していて、商談などの仕事の場だけでなく、プライベートで高額の買い物をするとき、マンションを借りるときなどでも、肩書きがあなたの手間を省いています。
つまり、あなたが買い物をしても、相手はあなたを見ているのではなく、あなたの所属先の信用を見ているのです。
でも、その事実に気づいている人は本当に少ないんですよね。

もうひとつは、毎日の習慣です。
あなたが会社勤めをしているなら、出勤日は毎日同じ時間に家を出て、同じルートで会社まで移動し、夕方以降に退社して直帰するか、買い物や食事に出かけるのだと思います。
その習慣は、あなたの同僚もほとんど同じのはずで、実は会社勤めをしている人のほとんどが同じような習慣で生きていますよね?
同じような習慣で生活している人と、いつもの時間にバスに乗る。
お昼の12時はランチの時間。
同じような習慣で生活している人に囲まれた毎日は、安心して過ごしやすい分、囲いの外に目を向けなくなります。
そうやって、会社を中心にした生活サイクルを送っていた人が、ある日突然会社の外に飛び出ると、あまりの自由の多さに戸惑います。
まず、お昼ご飯を12時に食べようとすると、奥さんにウザがられます。
会社の外で生きている人は、12時の昼食を目印に生活していません。
昼食は、用事が終わってから、もしくはサラリーマンのお昼休みが終わる13時ごろからゆっくりと食べてもいいんです。
でも、長年の習慣から外れる行動は、これまで築き上げてきたアイデンティティを破壊されるような気がしてイライラしたり不安になったりします。
ぼくも会社を辞めてしばらくは同じ気持ちでしたから、よくわかります。
でも、こんな昼食程度の選択肢だって会社の外では制約がなくなって自由なんです。
服を買いに行くのも、週末に行く必要はなくなります。
旅をするときも、航空チケットがいちばん安い曜日を選ぶことだってできます。
お盆だからって旅行に行かなくていいですし、毎月の連休日に一喜一憂することもなくなります。
本当に自由なんです。
だから、定年後の第2の人生を決めていないのは、カーナビのない車で砂漠を走るようなもの。
何の目的ために、何を選択すればいいのか?
ということが見えなくて困惑するんですよね。
こんな人は嫌われる

会社で染みついた常識や考え方を、退職してから顔を出す先々で無理やり当てはめて通用させようとすると、ハッキリ言ってウザがられます。
会社の常識や習慣は、会社の肩書きが通用する場面でしか通用ないんです。
それなのに、会社とは関係のないコミュニティで訳知り顔で語ると、あなた的にはいい提案をしたつもりでも、そこにいる若者や女性からは煙たがられて嫌われます。
そして、コミュニティからやんわりと遠ざけられてしまいます。
会社の常識や習慣が通用する場所って、本当に限定された狭い世界なんです。

もうひとつ事例を。
以前、とある県の移住相談会に参加したときの話です。
先住の移住者の事例などが紹介された後の質問タイムで、定年後の男性がこんな質問をしたんです。
「田舎に移住した後も、趣味の英会話は続けられるんか?」
この質問には、相談会の担当者も困惑の表情で回答に詰まっていました。
この質問の何がおかしいかわかりますか?
まず、移住先の地域が質問した男性の英会話環境を用意できている必要がないんですよね。
そして、そういう環境があるのかを質問する時点で、その田舎のまちは質問した男性を受け入れたくないはずです。
だって、趣味が継続できるかを他人に質問するなんて、あまりにも受け身の姿勢すぎて、働く環境や仕事を用意してくれていたサラリーマン時代の発想から抜け出せていません。
そういう人が移住してきても、トラブルは起きても地域の活性化にはつながらないと考えるはずです。
実際、移住相談会で主催者の説明を聞くとわかるのですが、募集側のホンネは自分で住環境を作り上げていくような若者を欲しがっていて、今後医療コストやバリアフリーな住環境を町の予算で整えなければならないと予想される高齢者の移住は勘弁願いたいというのが透けて見えます。
一方で、これも相談会で紹介された人なのですが、孫の世代に安全な果物を食べさせたいという志を持って定年後に田舎へ移住した人は、当然ですが町ぐるみで応援されます。
定年後にこれだけはやらないで!
定年後に自由な時間ができてから、やってしまいがちなことを3つ挙げます。
定年後からスクールに通う

海外旅行を楽しむために英会話に通うくらいなら問題ないのですが、定年後に中小企業診断士やファイナンシャルプランナーなどの資格を取ろうとスクールに通うのはお勧めしません。
多くの場合はお金を失うだけで、友人もできなければ、仕事が見つかるのも稀です。
定年後は、これまでの人生で培った経験や知識を活かすことを考えた方が、仕事になりやすいんです。
それは、シニア向けに顧問などの仕事を紹介する制度を市町村が用意していることが多いからなんです。
それでも資格を取りたいというのであれば、バーベキュー検定などのみんなで楽しむために役立つものを勉強すると、年齢の垣根を超えた友人もできやすいですし、単純に楽しいですよね。
朝から晩までテレビの前で過ごす

実は、これがひきこもりになる一番の隠れた原因で、社会問題のひとつとして考えられ始めています。
定年前から、これといった趣味もなく休日に家にいることが多かった人は、定年後も外出する理由がないため一日中家にいることが多くなります。
とくに、自分の部屋を持っていてそこにテレビがある環境の人は、ご飯を食べるとき以外の活動、読書や洗濯物をたたむ作業など、屋内でできる事は全てテレビがついている前で行いがちになります。
ちなみにテレビは、受動的なメディアなので思考能力を奪います。
そんな生活をしていると、2~3年で自分で考える力を失い、短略的に言えばボケてしまいます。
情報収集をネットに依存する

最近のネトウヨに、高齢者が多いことはよく知られています。
ネットはテレビの逆で、自分で情報を検索して選ぶため、能動的なメディアと言えます。
ただ、能動的なぶん、自分で検索して見つけた情報を鵜呑みにしやすい性格があります。
会社員時代から、たくさんの本と複数社の新聞を読む習慣がある人は検索した情報を冷静に俯瞰して判断することができますが、仕事に関係する以外の情報に触れる機会が少なかった人は、どうしても俯瞰して情報を吟味することができません。
この俯瞰して情報を吟味する能力は、長年たくさんの情報を能動的に浴びることによって身につくものですから、定年後に自由な時間を得てからネット検索にハマった人はクリックした先の情報が正しいか、それともデマっぽいのかを見分けられるだけの経験がなく、刺激的な情報に流されてしまうことがあるんです。
有益な情報かを判断できるようになりたいなら、やはり古典と呼ばれる本から読むのがいいと思います。
定年後の行動はどうやって始める?
定年する時の貯金を目安にして、どういう行動から始めた方がいいか?
ということを参考にまとめてみました。
お金に余裕があるなら

もし、十分な貯えがあり、年金を合わせれば定年後30年間は風つに暮らせそうならば、まずは旅行から始めるといいでしょう。
ただし、海外旅行より国内旅行をお勧めします。
理由は、国内のいろいろなところに足を運んで、これから何度も足を運びたくなるような居心地のいい場所を見つけて欲しいからです。
もし、身内に現在お住いの場所ではない都道府県出身の方がいるなら、その身内の地域に行ってみるのもいいでしょう。
理由は、知らない土地に比べコミュニティに入り込みやすいからです。
コミュニティに入ることができると、その地域のいいところも悪いところも知ることができます。
あと、仕事とは無関係の地域のコミュニティでは、素の自分が出しやすくて楽ですよ。
ぼくのお世話になった方の中にも、コミュニティの居心地のよさを気に入って退職後に移住した方がいます。
貯えに不安があるなら

やっぱり、貯金を崩さずに生活をするために、
年金にあといくら足せば安心して暮らせるか?
というのを基準にして仕事を探すのがいいでしょう。
そういう考え方ならば、会社員時代のようなフルタイムの仕事でなくてもいいはずです。
できることなら、これまでの経験や趣味を生かした仕事を見つけたいものですね。
まとめ〜人生100年時代を謳歌するために

定年後の第2の人生は、定年前から対策してください。
まだ40代のぼくですが、退社後は染みついた偏った社会常識と習慣に2年ほど苦しめられました。
会社で染み付いた社会常識や習慣からスムーズに離れて、退社後すぐに第2の人生を謳歌したいのなら、遅くても退職日の1年前から対策を始めてください。
可能なら、退職日の3年前から徐々に準備を始めて、1年前は第2の人生の慣らし運転を始められるくらいがちょうどいいです。
3年前から始めた方が良いという理由は、考えらる第2の人生のいくつかの選択肢の中で、どれがより『あなたらしく』過ごせるプランなのかを知るには実際に試してみなければわからないからです。
一つのプランにつき3ヶ月から半年かけたいと思うと、1年前からスタートではスケジュール的に厳しいですよね?
とくに、定年の1年前からは仕事の引き継ぎや退職前後の書類上の手続きなどでバタバタです。
ですから、退職後すぐに第2の人生を始めるなら、少し早めのタイミングからスタートしてくださいね。
人生100年時代です。
どうせなら第2の人生を謳歌してください。
そのために、あなたの経験の棚卸しと選択肢を増やすお手伝いができる専門家を上手に活用して、Happyなセカンドライフ、楽しい第2の人生を手に入れてくださいね。
ご質問や個別セッションなどのお問い合わせはこちらからお願いします。
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資格や自己啓発でお金を失わないために知ってほしい行動の順番

今回は、独立や起業をしたい人で、とくに、
▽ 会社の人間関係に疲れた。
▽ 現在の仕事が自分に向いていない気がする。
▽ 勤めている会社の未来に不安を感じている。
▽ 介護などで現在の仕事を続けられるか不安。
などの理由で独立や起業をしたいと考えている人に向けて、
行動の順番を間違えるとお金を失うだけで終わってしまいますよ。
というお話をしたいと思います。
とくに、就職氷河期世代の人にはしってほしいんですよ。
なぜなら、就職氷河期世代のビジネスマンは、誰かに頼ることを恥だと感じて、自力でやりきるのに慣れていて、しかもそれが当たり前だと考えている人が多いからです。
今回の話で、
セミナーにお金をつぎ込んでも問題が解決しない理由。
最短で安全に自分らしい生き方、自分に向いた働き方を知る方法。
を知っていただけたらうれしいです。
- 行動の順番いついて書こうと思った理由
- いきなり結論から
- 資格を取得しても仕事がないのが当たり前
- 資格は思考と行動を限定してしまう
- 現在のぼくらを取り巻く社会環境
- ぼくもハマった資格取得の現実
- 最後に資格よりも高い価値とは
行動の順番いついて書こうと思った理由

どうしてそんなことをお話しするかというと、いわゆるセミナー難民、自己啓発難民と呼ばれる人たちの多くが、行動の順番を間違えているのが原因で、いつまでたっても夢を叶えられずにいるんですね。
そして、職氷河期世代と呼ばれる人たちの苦境を少しでも変えるために、必要なことだと感じていることを知ってもらいたいためです。
また、現在の日本の産業界を見ていると、日本発の大ブームを起こすような革命的な新製品が現れるとは考えにくく、2020年のオリンピックを境に建設業会以外の産業は大きなリセットが起きてもおかしくはないと感じています。
そのとき、リセットからリブート、つまり再起動をしていく産業界で自分の役目を見つけるためには、正しい順番を守って進んだほうが、あなたが社会で活躍できるキャリアの再構築がしやすいと考えるからです。
いきなり結論から
いきなり結論を書いてしまうと、以下の順番で行動するほうが効率的で負担も少ないです。
上記の、ぼくが効率的という方を読んでみると当たり前に思えますよね?
でも、実情で多くに見られるパターンは違うんです。
将来独立したいと考えたり、転職してもっと収入を増やしたいと考える人の多くが上述したことの逆から行動してしまうんですよ。
負担が多くつまずくパターン
これでうまくいく人もいます。
でも、大抵の場合は以下のような流れになりがちです。
あなたはこれを読んで、
「どうしてそんなことを断定して言えるの?」
と思いましたか?
もしかしたら、ちょっとイラっとしたかもしれませんね。
どうして、こんなことを断定的に言えるのかというと、
実はぼく自身が経験したことだからです。
ぼくは就職氷河期世代ですが、まさに就職活動で苦労したうえ、就職後もリーマンショックなどの不況の場面では、身近な人がリストラされるのを見てきました。
心労で倒れる人も、周りに何人もいました。
そういう環境の中で、自分の身は自分で守ろうと思うのは必然だったのですが、それに合わせるかのように資格ブームがやってきたんですね。
いま考えれば、不況の恐怖心をあおったビジネスだったのでしょう。
資格があれば食いっぱぐれない。
ということを喧伝して、様々な資格現れました。
資格を取得しても仕事がないのが当たり前

ぼくはそのころに、NLPなどの資格をいくつか取得しました。
カウンセリング系の資格を取った大きな理由は、当時、開発プロジェクトを進める上で自分よりも年齢が上で、頭も圧倒的にいい大学の教授や大手企業の人と連携しなくてはいけなくて、そんな人たちに比べたら知識も経験も圧倒的に少ないぼくは、せめてコミュニケーションだけは上手に取りたくてカウンセリングの技術を学ぼうと思ったんです。
もちろん、いざというときにはカウンセラーの資格を持っていれば生きていけるだろうという、転ばぬ先の杖的な目的で取得したのも間違いない理由です。
それらの資格を取得するために勉強したことは仕事で活きたので、ぼくはよかったと思っています。
でも、身につけた技術を活かす機会のない仕事で働いている人や、そもそも必要とされる場の数がある程度決まっている職種の資格を取得した人は、取得した後に現実を知って頭を抱えるんです。
「仕事はどこにあるの?」
ってね。
そこで、集客スキルが必要だと考えて、集客講座を受けたりコンサルティングをお願いしたりするんだけど、集客の世界はハッキリ言って玉石混合、多種多様。
さらには、受ける本人の個性、簡単に言えば得手不得手があるので、受けた講座やコンサルタントの方法が本人にあっていな場合は、まったく効果が出ないんです。
ちなみに、得手不得手って本人が一番わかっていないことがほとんどです。
だから、多くの場合、講座やコンサルと相性がいいかは受けてみるまでわからないんですよ。
やがて、受けているうちにだんだんある現実が見えてきます。
人から知ってもらうだけでなく、信用してもらえるまでには時間がかかるということに。
いえ、考えてみれば当たり前の事実なんですけどね。
アルバイトでも会社員でも、新人のころは仕事の能力を期待されても、信用されているわけではありませんよね?
仕事を続けていくうちに、だんだんと言葉や行動に周りからの信用が生まれてくるんですよね。
ぼくは、悩んで七転八倒しながらようやくクライアントさんを得られるようになって、信用の現実に気づいたんです。
これは、会社の名前が信用の担保になっていた会社員時代には、なかなか気づきにくい事実です。
ぼくも、「自分の名刺は会社があるから信用されるんだ。」ということは本で読んで理解しているつもりでした。
でも、実際は理解できていなかったんです。
会社を辞めて、個人で開業し、七転八倒して、やっと腑に落ちたんですよね。
そこに気づいてからやっと、コーチなどの自分の中の可能性を引き出してくれる人と話したいと思うんです。
でも、今度は集客講座やコンサルタントの苦い記憶が邪魔をするのと、すでに少なくはない額のお金を使ってしまったので、怖くて次の一歩が踏み出せなくなってしまうんです。
ぼくは運のいいことに、起業してある程度成功している知り合いがいたので、その人に話を聞いてもらいながら状況を少しずつ改善することができましたが、日本社会は会社に務めることをよしとする風潮がまだまだ根強くて周りの知り合いはすべて会社勤めという人も少なくありません。
そういう人たちの中に、引き寄せブームにはまってさらにお金を失ってしまった人も見てきました。
資格は思考と行動を限定してしまう

ちなみに、自分が仕事になると思って資格を取得すると、今度はその資格に行動を縛られてしまいます。
まず、行動計画が取得した資格ありきのものになってしまうんですよね。
そうなってしまうのは、人の本能から考えたら当然なんですよ。
だって、せっかく高額の受講費を払って取得したのですから、その資格で受講費を取り戻そうと思うのが自然です。
人間は、大昔から生き残るために食料などを貯めて保存する習性があって、保存していた食料を食べてしまえば当然、安心できる量をもう一度貯めようとしますよね?
あと、高額を支払ったのは資格を取得するためではなく、実際にはその資格で生活が変わることへの期待感と、その資格に期待する収入力に対して支払ったんですよね。
だから、資格を取得してからしばらくして内心は、
(あれ?全然お客さんが見つからないんだけど?)
と思っているのだけど、資格がもったいないし、なによりも自分が信じた資格を疑うなんて自分を否定することになってしまい怖いので、なかなか資格と行動を分けて考えられなくなります。
つまり、思考と行動が資格に関係することに限定されてしまうんですね。
現在のぼくらを取り巻く社会環境

ぼくは、最近ニュースで取り上げられるようになった就職氷河期世代です。
しかも、まるで殺人事件を起こした一因であるかのような、どちらかというとネガティブな印象をつけようとする意図が見え隠れするニュースで取り上げられがちな団塊ジュニア世代です。
2019年夏の参議院選挙前には、就職氷河期世代の支援策の話題が少し出ていましたが、人生再設計第一世代と名称を変更すると言って大ひんしゅくを買い、支援策の話すらあまり聞こえなくなりましたよね。
実際の話、就職氷河期世代は今後、本当に支援されるのか怪しいですし、ぼくの年齢は現在市町村で始まっている就職支援からギリギリ外されているようです。
1971〜1974年生まれは棄民となった 就職氷河期世代は「社会のお荷物」 呪われた団塊ジュニアたち | TABLO
理由は、45歳前後はIT教育にも乗り遅れ、これから再教育するより20代を採用した方がコストがかからなくていいからなんですって。
まったく失礼しちゃうよね。
さらに、地下鉄の中吊り広告を見ていたら、政策金融公庫が関わる創業相談会の告知がぶら下がっていたんですけど、よく見ると『女性と若者向け』って断りが気がついているんですよ。
そこまで氷河期世代をないがしろにしますか?
たぶん他の日程で氷河期世代向けの相談会も開催されているんだろうけど、それでも本当にさみしい気持ちが湧いてきます。
でも、就職氷河期世代はこれまで、バブル世代以上の人たちとゆとり世代との世代間ギャップを埋めるための緩衝材として一生懸命働いてきましたし、ゆとり世代以降のデジタルネイティブと呼ばれる世代が企業で活躍するまでは、IT教育が遅れたと評論家から上から目線で言われようと、会社のデジタル化を必死に学びながら進めてきた世代なんですよ。
ぼくたちの世代が入社したころは、上司たちは本当に「ヤッホー(Yahoo!)」、「ゴッゴル(Google)」って言っていたんですから。
もちろん、現在社会問題になっている中年の引きこもりだって、自主的に就職しなかった人の方が少ないはずです。
就職氷河期のころは、内定をもらうのが本当に難しかったんです。
だから、仕方なく派遣社員として働き続け、スキルを身につける機会がないまま不要な人材としてリストラされたのは、本当に本人のせいなのでしょうか?
派遣社員の立場でも、年配の正社員の代わりにヤッホー、ゴッゴルで検索したり、汚い字で手書きされた資料をもとにパワーポイントでプレゼン用資料をまとめていた人だっていたんですよ。
また、上述したように、世代間に挟まれて必死に働いた結果、心を病んで一時的に働けなくなった人もいます。
そういう人に、社会のお荷物のようなレッテルを貼る社会って、なんだかイタすぎると思いませんか?
ぼくもハマった資格取得の現実

そんな世知辛い世の中ですが、就職氷河期世代を代表に悪戦苦闘している人が少しでもいい条件で働けるように、強みやこれから十分に伸ばせる能力を見つけながら、悪戦苦闘から抜け出すきっかけを作り、少しでも安全に第2の人生、新たなステージにチャレンジできるようにお手伝いしていきたいと思っています。
どうして、
『強みやこれから十分に伸ばせる能力を見つけるお手伝い』
という表現をするのかというと、理由があるんですよ。
みなさん、自分の本当の能力や、本当にやりたいことに気づいていないんです。
つまり、自分の個性がわからなくなっているんです。
それなのに、自分に相性がいいか確認せずに、いきなり流行りの資格を取得してしまうから、それを生かすことができずけっきょくお金だけ失っちゃうんですよ。
自分を知らなすぎるのも、人生を悪戦苦闘する原因の一つですからね。
そんな偉そうなことを言っているぼくも、先ほど言ったように会社員時代に資格をいくつか取得しましたが、実際には資格が直接仕事に繋がったことは本当に少ないんですよね。
「行動の順番を間違えていたよな~。」
と今になって深く思います。
最後に資格よりも高い価値とは

お金を失うだけで終わらずに済む行動の順番をもう一度言います。
こういう順番で進めれば、たとえ会社を辞めて独立しようと思っていたとしても、そのまま会社に残ったほうが自分の未来にとってプラスが大きいということに気づけるかもしれません。
また、自分で思い込んでいた起業の方法より、もっと安全な方法が見つかるかもしれなんですよ。
しつこいですが、自戒の意味も込めて言います。
いきなり資格を取得するのは止めてください。
そして、相談できる人を持つことの大切さを知ってもらいたいです。
あなたの中に眠っている情報を引き出し、あなたが選択できる未来が増えたとき、どんな気分になるか想像してみてください。
もしかしたら、おもちゃ屋で目を輝かせて欲しいものを選んでいる子供のような気持ちかもしれませんね?
それに気づいて欲しいんです。
どんな資格を取得するのか?
何のセミナーを受講するのか?
それは、あなたが未来の選択肢を増やしてからでも遅くないですから。
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人は植木にあらず-子供の教育を考えるとあなたの現状も変わる

今回は、ずっと眠ったまま生きていきたい人は不快感がこみ上げてくるでしょうから、絶対に読まないでください。
小学校時代の思い出から

さて、
小学校に入学した1年生のころ。
授業中にお漏らししてしまう子がいました。
大きい方を漏らしてしまう子もいました。
授業に集中できず、席から立ち上がって歩きまわる子がいました。
集団登校で、キチンと並んで歩けない子がいました。
給食が食べきれず、掃除の時間も1人で食べさせられている子がいました。
時が過ぎ、学年が上がり、やがて6年生になったころ。
お漏らしする子はいなくなりました。
授業中に教室を歩き回る子はいなくなりました。
みんな上手に右習え右ができるようになりました。
給食を食べきれない子はいなくなりました。
そのかわり、たまに机の中がパンの食べ残しでいっぱいになっている子はいましたが。
授業中に教室を歩き回っていた子は、病院の診断を勧められていましたっけ。
はい、素晴らしいことに6年間で不適合な子は調整し、大方みんなで同じ行動、同じ考え方をベースにした競争ルールの中で社会人としての優劣がつけられる基本人間が完成しました。
子供は植木にあらず

んーー・・・。
まるで、きれいに切り揃えらえた植木みたいですね。
大人になってから小学生時代を思い起こすと、1年生のこどもたちはみんな、社会の常識に染まっていなかっただけなのかな、と思えてきます。
小学校に入学したからって、子どもにいきなり「トイレは休み時間にしか行ってはいけません。」と命令しても、自由に排泄していい環境に慣れたカラダをすぐにルールに合わせるのが難しい子はいますよ。
脳が活発に動くのに合わせて、カラダもウズウズして動かしたくなる子もいますよ。
1回にたくさん食べられる子と、少ない量で何回かに分けて食べるのが向いている子がいるなんて、大人のランチ時間を見ればよくわかるよ。※1
そんな事実を無視して、時間割りどおりに物事を進めるのを強要することを教育と言い続けるかぎり、イジメをなくすことなんてできるわけがないですよね。
小さな社会の中でイジメが起きる一因が、上記で基本人間と表現した、企業に就職することを想定して設計された教育と競争ルールだと思うんです。
とくに中学校からは、テストでたった1問正解したか間違えたかの差で順位が決められ、それがそのまま優劣の評価に繋がるんですから、成長期の脳に与えるストレスと悪影響は想像以上です。
いや、でもそうか。
イジメも現状の社会システムの一つとして組み込まれていると考えれば・・・。
教育を考えるのは誰のため?

大人は自分たちの現在を俯瞰して、個性を持った子ども一人ひとりの未来を手を抜かず想像した上で、それを制限・禁止・強制する教育方法が地球の未来にとって有益か否かを考えたほうがいいですね。※2
だって、それはそのまま大人の自分たちが現在生きている格差が広がる一方の社会を、肯定してこのまま進めるのか?それとも軌道修正していくのか?という選択をすることと同じ意味なのですから。
あなたがもし、
目を瞑ったまま歩き続けるのをやめてもいい。
のであればですけどね。
すこし補足
本文を簡潔にまとめたかったので、一部説明を省いてあります。
もし、今回の内容に興味を持っていただきましたら、参考に以下の補足もご覧ください。
※1大人のランチ
1回にたくさん食べられる子と、少ない量で何回かに分けて食べるのが向いている子がいるなんて、大人のランチ時間を見ればよくわかるよ。
これは補足の必要はないかもしれませんが、社内の食堂で女性社員が集まってランチをしている風景を見ると差がわかりやすいと思います。
普通に日替わり定食を食べている人がいるかと思えば、サンドウィッチ1パックだけの人、コンビニのサラダだけ食べている人、それどころか日替わり定食にメロンパンを追加して食べている人など、いろいろな人が一緒に食べていませんか?
大人の大きな身体でも、食べる量が日替わり定食1人前かサラダだけくらいの差があるのに、成長途中の子どもの身体でみんなが同じ量を食べられるだろうか?ということは、ちょっと考えればおかしいとわかりますよね。
ただし、学校給食には戦後の食糧難や経済的にゆとりのない家庭の子供が多かった時代背景から、子どもみんなが栄養失調にならず大きく成長してほしいという思いやりから整備されていった制度だということも忘れてはいけませんよね。
だから、戦後しばらくに比べたら経済は安定し、人の成長に関する統計や科学的な知見が大幅に増えた令和の現代では、個々の子どもの成長と給食の在り方についてアップデートが必要なのでしょうね。
参考
※2教育方法
大人は自分たちの現在を俯瞰して、個性を持った子ども一人ひとりの未来を手を抜かず想像した上で、それを制限・禁止・強制する教育方法が地球の未来にとって有益か否かを考えたほうがいい。
という部分について、なぜそう思うのかをもう少しお話しさせてください。
2019年現在の日本経済は、報道を見ていると米中貿易摩擦の影響を大きく受けて不安定だという解説をするじゃないですか?
日経平均株価の数値なんて、国内より国際的な思惑で上下するので国内経済の指標とは実際にはあまり参考にならないということは、ちょっと横に置いておきます。
日経平均株価をあえて単純に見ると、日本経済が強ければ米中貿易摩擦で国外の経済が不安定ならば、一昔前のように日本企業の株にお金が流れてきて、むしろ株価が上がっていってもいいはずですよね?
でも、実情は米中の経済の影響をもろに受けて乱降下しているんですよ。
それを、「現在の経済は一昔前とは違って、とくに製造業は複数の国をまたいで製造するから、海外の経済事情が大きく影響して当たり前なんですよ。」と説明する人もいるでしょう。
でも、そうだとしても、ぼくは世界的に需要のある最終製品を発明した国の経済が強いと思うんですよね。
たとえば、現在の世界経済を左右しているのは、iPhoneを発明したアップル社やGoogle社のあるアメリカと、次世代通信の5Gの技術をもつファーウェイ社のある中国です。
それでは、もしiPhoneを発明したのが日本企業だったらどうでしょうか?
もし、5Gを発明したのが日本企業だったら?
米中経済摩擦に日経平均株価が影響を受けるのは、もっと限定的なものだろうとは思いませんか?
日本が世界中から欲しがられる製品を生み出せなくなってから、何年経つでしょうか?
一昔前だって、日本製品は他国で発明されたもののブラッシュアップ版ばかりだったと言えばそれまでかもしれません。
でも、当時はアメリカの素晴らしい発明品を安価で誰でも購入できるように量産品として改良することは、国際的な需要があったわけですから、それが正解だったんですよね。
では、2019年以降の世界で求められるものは?
やはり、これまでにない新しいアイテムだと思います。
そういう世界的な需要に対し、答えを出せるのは天才だと思うんです。
それでは天才ってどんな人?
それは、個性が天井知らずで伸び続ける人じゃないでしょうか?
そういう人って、大人の都合に振り回されず、個性を伸ばすように育てられた子どもたち中から現れると思うんですよね。
と考えると、子どもの頃から大人の都合に合わせて枠にはめた教育を受けさせるのは、天才の原石をただの石ころに変えてしまう可能性が高いんですよね。
もしかしたら、あなただって何かの天才だったかもしれないんですよ?
そう考えたら、自分たちの現在と未来を考えることは、子どもの育て方を考えることと同じだと思ったんです。
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終わりに

今回もいろいろと書きましたが、文体をふくめて固すぎたな〜。
思い出話を書こうと思っていたのに、余計なことを書きすぎちゃいました。
ただ、自分の現状を変えたいときには、他人を含めた少し大きな視点で考える。
つまり、利他的に考えるのも一つの手段ですよ。
ということを感じてもらえたら嬉しいですね。
それには、子供を代表にして書きましたが、他人には個性があるんだということを理解すること。
そこに気づくことが、自分を変えるヒントにもなるんですよ。
そして、差別を超える知性を獲得するきっかけになると、ぼくは思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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知っておきたい人生の転換期にやってはいけないたった一つのこと

あなたは現在、
「あれ?もしかして、人生の転換期が来ているかも?」
と感じていませんか?
そんな予感がしたとき、焦ったり、自分を精神的に追い込んでしまい、選択に失敗してしまいがちです。
今回は、そんな人生の転換期を安全にシフトするために、やってはいけないことをまとめたレポートの紹介をします。
レポートの内容と書いた理由

最近、仕事や人間関係で自分を見つめる機会が増えた人に向けて、
『人生の転換期と感じたときやってはいけないたった一つのこと』
というタイトルのレポートを書きました。
たった一つのことなのですが、この一つをやるかやらないかで、あなたの未来が左右するくらい本当に大切なことなんです。
本文は12ページ、文字数にして8500文字。
たった一つのことで、どうしてそんなボリュームがあるの?
と思われるかもしれませんが、大切だと説明する理由がたくさんあるんですね。
このたった一つのことに躊躇したために、1年後に泣いている人がたくさんいるんです。
・人生の転換期といざというときに出てしまう本能
・本当の自己責任って?
・過去のクライアントさんの事例
などなど、様々な視点から『やってはいけないたった一つのこと』について書きました。
このやってはいけない一つのことは、
実はぼくが会社を辞めた当時の失望から経験した後悔をもとに書いています。
その『失望から経験した後悔』は、もしあなたが会社員ならば、ほぼ100%経験することになるはずです。
ただただマジメに、
現在のぼくが、当時のぼくに知ってほしいこと。
いま、人生の転換期を迎えているみなさんと共有したいこと。
そういう内容をぼくの経験を交えつつ、書き上げました。
最近、
⇒人間関係がうまくいかなくなった
⇒友人が離れていった
⇒仕事にマンネリを感じて集中できない
⇒失恋して心にぽっかりと穴が空いたように感じる
⇒ペットを飼いたいと思うことがある
⇒会社を辞めたいと感じている
⇒転職という言葉に敏感に反応してしまう
⇒いつも同じことを頭の中でグルグルと考えてしまっている
⇒現在、自分らしく生きられていないと感じている
というような悩みにピンときたなら、ぜひ読んでいただきたいです。
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次のステップへシフトするためのヒントをつかんだ方もいらっしゃいますよ。
なぜなら、いただいた回答には毎回全力で答えさせていただいているからです。
(返信は基本的に24時間以内にしています。)
無料だからといって、手抜きは一切していませんよ。
現在のお悩みを書いてこられる方。
設問を楽しみながら回答される方。
いろいろな方がいらっしゃいますが、
すべて読ませていただき、可能な限りお答えしています。
読んでいただくと高い効果が期待できそうな方

○仕事にマンネリを感じている会社勤めの方
○仕事で失敗が続き、自信をなくしている方
○カフェや美容院などお店を経営している方
○看護職で、最近、自分は無力だと感じている方
○現在、親の介護で休職中の方
○恋愛が長く続かなくて悩んでいる方
○最近、友だちが離れていってしまった方
○転職を考えているが自分に向いた分野がぼんやりしてわからない方
○再就職を考えているがどうも踏ん切りがつかない方
○離婚した、もしくはする予定で仕事を探している方
○定年退職した、もしくはもうすぐ定年で第2の人生をじっくりと考えたい方
○どちらかというと思考がネガティブで、やりたいことがあっても始める前に諦めてしまう方
以上にあげたタイプは、どれも人生の転換期の可能性が高いですね。
チャンスをつかむきっかけにしてほしい

あなたがもし「なるほどな~。」と思ったのなら、それはきっと運命のサインです。
そのサインがあなたの元を過ぎ去ってしまうのを、黙って見ているのはもったいないですよ。
よく聞くじゃないですか?
幸運の女神は前髪しかない。
って。
ぼくも、悩んでいるうちに目の前の幸運を逃した経験が何度もあります。
また、今回紹介するポートに書いた、たった一つのことを躊躇したせいで逃したチャンスもありました。
そうなんですよ。
選択を失敗したとはっきりと感じること。
チャンスを見過ごしてしまって後悔したこと。
そういう記憶って、今思い出しても思わず身もだえしてしまうくらい頭から離れないんです。
一人でも多くの人が同じ後悔をしなくても済むように、当時、人生の転換期にいたぼくに現在のぼくが伝えるならこれだ!
と思うことを書きました。
あなたがもし、これからの人生に少しでも良い変化を与えたいと考えているなら、メール講座、無料レポートともに読んでみてくださいね。
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あわせて読んでいただきたいオススメの記事です
世界が一瞬で変わる、とは?会社を辞めてから見えだす世界

自分が決断すれば、世界は一瞬で変わるという。
でも、ぼくが「変わってきたな。」と実感し始めたのは、会社をやめてから6ヶ月後からだ。
6ヶ月も経ってようやく、というのはなぜだろうか。
ぼくが会社を辞めてから、実際に経験したことから考えてみようと思う。
変わることのない当たり前の世界

ぼくの実感としてはこうだ。
決断するというのはものすごいパワーが必要だ。
だから、いざ決断して実行に移したとき、立っている場所は決断する前とは明らかに違う場所なのだろう。
場所という言葉を『世界』と言い換えてもいいかもしれない。
しかし、まだ見たことのない、経験したことのない世界は、実行前の世界と同じ姿をしている。
それは当たり前だ。
自分が住んでいる世界は、人を人、木を木、子がいれば産んだ親がいる、など自分以外の人と多くのもの、多くの情報を共有している。
ハゲていても長髪でも、黒髪でも金髪でも、目が黒くても青くても、男でも女でも、みんなそれを人と認識できる世界だ。
たとえオーラが見えるようになったり、守護霊のメッセージが聞こえるようになっても、吉野家で売っているものは牛丼だし、飼っている猫のみーちゃんが大きな虎になることはない。
みんなが当たり前に同じように認識できるものは、脳が壊れない限り変わることはない。
ぼくも辞めた時は、特に目の前から嫌いな人が消滅したり、猫が喋り出したり、お金が降ってきたりするわけもなく、これまで通り、お腹は空くし、読書はするし、旅行もするし、お化けも見えなかった。
でも、思っていた以上に目の前は暗闇だった。
何かが変わった気がするのに、何も見えない、聞こえない、触れない。
カメラで撮影しても、心霊は映らない。
何の実感も感触もないのだ。
約束のある世界で再び幼子のように

真っ暗闇無音の中、手探りするが、そもそも自分がどの方角を向いているのか、一人なのか何かと対面しているのか、ここは外なのか室内なのか、何一つわからない状態で歩いている気分だった。
しかし、自分が生きているのは約束のある世界。
決して真っ暗闇というわけではない。
だんだん目が慣れてくる。
耳がわずかな小さな音を拾い始める。
皮膚が何かを感じ始める。
幼い頃、初めてレモンを食べた時、ただ酸っぱい反応をするだけで、それが酸っぱいという味覚であることは後から知った。
その酸っぱいが、レモンと梅干しでは異なると知るのはまた別の機会だ。

会社を辞めてからは、当然だが休暇の申請をせずに気が向いた時に適当な曜日から好きな日数を旅行した。
飛行機代が安い曜日から飛行機代が安い曜日までという選択をして旅行する、なんていうこともできた。
住んでみたかった街に1週間滞在し、来る日も来る日も街をぶらつき、地元のカフェでコーヒーをしながら読書をし、ぼーっと街ゆく人を眺めていた。
平日に気になった場所へ出かけた。
平日のお昼はどこも空いていた。
気になった場所で働いている人と話ができた。
これまでに出会うことのなかったタイプの人と知り合いになった。
会社に勤めていた時には書籍やネットで知識として漠然と知っていた、社会の不公平、労働方法の無駄な部分が、そこから外れて改めてリアルに見えてきた。
確かに世界は一瞬で変わる、けど・・・。

確かに世界は変わっていた。
ただその瞬間には認識できなかったけど、暗闇にだんだん目が慣れて周りが見えてくるように、変わった部分が見え、感じ始めた。
こうも例えられるか。
新しい世界に飛び出したら、脳内センサーのOFFにされていた機能がONになって、これまでに拾っていなかった情報が上乗せされていきなり洪水のように流れてきたために、情報処理が追いつけていない。
眩しすぎて、まだ何色かわからない。
これからもまだまだ見えてくるもの、感じられるものは増え、鮮明になっていくだろう。
実際、ぼくが世界で感じるもの、見えてくるものは2年、3年と過ぎる中でどんどんと変わっている。
それは、小学校かから中学校、高校と成長する中でいつの間にか信じ込んできた常識のおかしい部分だったり、考えてみれば当たり前だけど会社員でいるかぎりは見ようともしないことだったりする。
それは時々、恐怖心が起きて足がすくむことも正直に言って多い。
でも、そのうち慣れるさ。
その時に見える世界を楽しみにしていろ、だ。
確かに世界は一瞬で変わる。
この言葉は、正しい。
が、誤解を招きやすい。
40代からリアルに感じ出す2つの不安と悩みと解決につながる質問

40代って、多分時代が変わっても、ある不安と悩みが突然リアリティーを持って感じるようになる世代なんだと思うんです。
その不安と悩みというのは、『死』と『人生の目的』に関係することです。
40歳になってから突然、そういう不安と悩みをリアルに感じるようになるせいもあって、40歳前後を中年の危機とか、ミッドライフ・クライシスと呼ぶようになったんでしょうね。
今回は、40代特有の不安と悩みの正体と向き合い方についてお話しします。
40代になるとリアルに感じ出す不安と悩み

先日、友人と食事をしに行った時の話です。
友人はぼくと同級生です。
ただ単に、一緒に飲みたかったので、ぼくから食事に誘ったんですよ?
でも、友人は、
「前の飲み会のときに顔が悩んでいるように見えて、心配して誘ってきた。」
と思っていたんですって。
いえいえ、せっかくの飲み会なのに、クライアントを探すような目線で相手の表情を観察しませんって。^^;
とはいえ、そんな話題を振ってきた理由は、やっぱり聞いて欲しい話があったんでしょうね。
しばらく深い霧がかかったように要領を得ない、なんとなく不安な話や悩みを聞いていました。
悩みを聞く時は、基本的にはニュートラルな状態でなるべく偏見なく聴けるように努めます。
そうすると、だんだん不安と悩みの正体をはっきりと話し出すものなんですよね。
ちなみに、40代で独身という条件が重なった場合、男女関係なく2つの悩みが出てくることが多いです。
1つは、親の高齢化から感じる、近い将来自分に訪れるであろう孤独の心配。
もう1つは、会社員として特に不自由を感じることはなかったけど、特に思い出もないまま30代があっという間に終わって40代になった現在、特に趣味ややりたいこともなく、なんとなく生きていることへの不安。
孤独
1つ目については、独身であれば共感できる人は多いんじゃないかな?
親の年齢が、自分が子供のころにおじいちゃん、おばあちゃんと呼んでいた人と同い年になったんですよね。
そんな親を眼の前にして自分を振り返った時、「自分が結婚する姿を想像できなかった」と言いつつ、自分の親をおじいちゃん、おばあちゃんと呼ぶ子供の存在がいないことのへの虚無感。
そして、独り身になった時にリアルに想像できる孤独死した姿。
取り戻せない時間と、そろそろリアルに感じられるようになる自分自身の死。
これは、現代人の多くがこれから背負っていくことになる時代の負の側面ですよね?
自分に言い聞かせたこと
もう1つの方については賛否が両極端だと思います。
人生、とことん趣味に生きてきた人にとっては、30代があっという間にすぎたと言っても思い出と積み上がった経験に満足していることでしょう。
そんな人にとっては、40代になり考え方が多少変わってきたとしても充実させる術は心得ているものです。
しかし、30代を会社から与えられた仕事だけに没頭し、休日は心身を休めることにのみ使ってきた人。
「会社の給与で安定した生活が送られているのだから、それで満足だ。」
と暗に自分に言い聞かせて生きてきた人。
満足していると自分に言い聞かせてきた人の問題

このタイプは、全員に当てはまるわけではないですが、
大まかに見て2つの問題があります。
1つ目の問題
自分が満足していると信じ込むために、自分の感情を押し殺していることに気づけなくなっている。
それと同時に、自分が夢中になれることも一緒に押し殺してしまったため、夢中になれそうなことに反応するセンサーがOFFになってしまっている。
2つ目の問題
40代になり、体力と集中力が落ち始めている中、楽しいこと、やりたいことを探すモチベーションが上がってこない。
これって、どちらもけっこうヤバくて、自分がやりたいことに反応するセンサーがOFFになっていると、趣味も習ってみたいことも見つからないので、何らかのコミュニティに入れるチャンスがなかなか得られないんですよね。
物凄く極端な表現をしますよ?
「恋愛感情って、どんなものだったっけ?」
とドキドキする方法を忘れてしまうと、わざわざ異性と食事をする合コンのような機会を作ろうなんていうことを考えるのも面倒臭く感じて行動しなくなっちゃう。
すると必然的に、将来、孤独になる確率が思いっきり跳ね上がりますよね?
あ、あなた今、
「ドキ!!!」
としましたね?
時間=命を自分に取り戻す方法

ぼくが度々言っていることですが、時間は命そのものです。
どんな過ごし方をしても、残り時間は減っていくわけです。
だからこそ、40代の人は「残りの時間をどう過ごしたい?」
と自分に正直になって考えるべきです。
あなたに質問です。
1秒1秒、刻々と過ぎていく人生の残りの時間で、1秒でも多くの時間に快感や感動を感じられる生き方をしたいのだとしたら、まず何から始めたらいいと思いますか?
これまでの人生で身につけた常識の中で、どれは捨ててもいいと思いますか?
信頼関係の定義はどう見直しますか?
まとめにかえて自分の感情と向き合おう

ところで、ぼくはお茶をしている時や食事をしている時に悩みを話し始める人がいると、前持ってこう話しています。
「今からぼくが悩みを真剣に聞くと、だいたい7日後からあなたが閉じていた心の扉がどんどん開いてしまうから、もしかすると自分の感情についていけなくて情緒不安定になるかもしれないけど、それでもいい?」
ってね。
だって、恨まれたくないもん(笑)。
傾聴って聞いたことがありますか?
人の話を真摯に聞くことを言うんですけど、これはカウンセリングの基本姿勢なんですね。
「たかが話を聞くだけじゃん。」
と思うかもしれないけど、カウンセリングの上手な人は話を聞いているだけで、無意識に相手の心を開かせてしまうものなんですよ。
でもね、その代わりちゃんと自分と向き合う覚悟ができれば、滞っていたものがキレイに流れ出すものですよ。
それは、人間関係だったり、仕事の悩みだったり、人それぞれですけどね。
流れ出したものを上手にコントロールして、自分の望む結果に近づきたいときは、専門家を利用してみてくださいね。
ストレスチェック制度の必要な理由と問題点。そしてカウンセリングの必要な社会

以前勤めていた企業の元同僚と、久しぶりに食事をしたんですよ。
昔話に花を咲かせつつ、最近の会社事情を色々と聞かせてもらいました。
その中でぼくが興味があったのは、2015年12月から本格的に始まったストレスチェック制度の話です。
ぼくも会社と大学で受けた経験があるのですが、カウンセラー目線で見ると色々と問題のある仕組みだと感じていました。
今回は、ストレスチェック制度の流れと、ぼくがカウンセラーの立場から感じた問題点をお話しします。
- ストレスチェック制度とは?
- ストレスチェック制度義務化の背景
- それでもストレスチェックは必要
- 良いケース悪いケースからあぶり出されたこと
- ストレスチェック制度を導入する側の問題点
- まとめ:ストレスチェック制度と理想的な社会
ストレスチェック制度とは?
ストレスチェック制度は、2014年6月に労働安全衛生法の改正によって制度化されたものです。
年に1回、従業員数が50人以上の事業所に対し全従業員へのストレス度合いを知るための検査と、その結果によっては産業カウンセラーなどとの面接による対策を義務化したものです。
ちなみに、義務を課せられるのは企業であって、従業員には課せられていません。
ぼくの経験を含めた、ストレスチェックのおおよその流れは以下の通りです。
ストレスチェックテスト
ウェブブラウザ上で質問に回答していく形式
↓
回答結果に問題がない人は終了
↓
回答結果に問題がある人はメールで面談案内
↓
メールでカウンセラーとの面談日時を調整
↓
カウンセラーと面談
↓
面談の結果により心療内科で受診
ストレスチェックテストは、企業が作成したクラウドサービスを利用することが多いと思います。
ストレスチェックテストの結果、ストレスが高いと診断された人は、ストレスチェックテストの企業を通じてメールでカウンセラーとの面談についての連絡がきます。
その際、所属している企業には連絡されません。
たいていは、ストレスチェックサービスを提供した企業と提携している産業カウンセラーと面談するはずです。
そして、産業カウンセラーが詳細な診察が必要と判断した場合は、心療内科の紹介状を渡されます。
ストレスチェック制度義務化の背景

これを義務付けた背景が振るっていて、一時期盛んにメディアで取り上げられたブラック企業問題も要因の一つとして挙げられるでしょうが、厚生労働省が説明した内容がなかなかにエグいんですよ。
厚生労働省によると、自殺やうつによる経済損失は2009年で2.7兆円なんですって。
その大きな経済損失を減らすために、職場でのストレス対策が必要になったということなんです。
要するに、
ストレス問題がなければ、今よりも国内で2.7兆円はお金が動いているはずじゃん。
ストレスで働けないし、治療で保険料がかかっているし、遊びにも行けないからお金を使わないじゃん。
これじゃあ、景気が良くなるわけないじゃん。
というイメージでいいかと思います。
まあ、読みようによっては、国民の命より景気の心配をしている感じがして震えますね。
それでもストレスチェックは必要

ぼくは、ストレスチェック制度に賛成の立場です。
以前会社員として働いていた時の自分自身の体験と、自分の周りの環境、それは自分が働いていた会社内だけでなく知人が働いていた会社の内情を聞かせてもらうたび、平気な顔をしてバリバリと仕事をこなしているように見せながら、その実、過剰なストレスを抱えている人を早めに把握できる方法が必要だと思っていたんです。
ですから、ぼくがストレスチェックテストを実際に受けた時の設問内容を思い出すと、現状ではチェック方法がザルで正直に言って効果はほとんどないであろう制度ではありますが、まずはスタートしたこと自体が良かったと思っています。
良いケース悪いケースからあぶり出されたこと

ところで、このストレスチェック制度ですが、実施したはいいけどいろいろと混乱が起きているようです。
ぼくが複数の人から聞いた話の中から、よかったケースと悪かったケースをお話しします。
良かったケース
社内では仕事ができると言われていたデザイナー。
勤務態度も良く、周りからは頼り甲斐のある男と思われていましたが、ストレスチェックテストの結果から医師との面談を受けることになったそうです。
その面談で判明したのは、週に数日は深夜2時近くまで働き、家まで自腹でタクシー代を払って帰っていたことです。
案の定、現実はストレスでダウン寸前であることが判明したそうです。
これは、会社にとっては悪習感が外部によってあぶり出された最悪のパターンですよね。
上層部は、こんな事態を誰も把握していなかったのかと青ざめたでしょう。
当のデザイナーは、めちゃくちゃな働き方をしていたことに気づいて、しばらく会社を休んだそうです。
これ、すごくないですか?
本人は、自分が異常な勤務体制で働かさられていたことに気づけなくなっていたんですよ。
ストレスチェック制度が義務化されていなかったら、きっと取り返しのつかないことになっていたでしょうね。
悪かったケース
派遣された産業カウンセラーの能力が低すぎたケースです。
産業カウンセラーが面談に不慣れすぎて、社員を何人もうつ扱いして病院で薬を処方してもらうように紹介状を渡したんだそうです。
それで、社員が心療内科の病院で診察を受けたところ、医師からは「うつではないし、薬も必要ない。」と診断され帰されたんだそうです。
その企業は、社員から誤診の報告を受けて、派遣された産業カウンセラーだけでなく、ストレスチェックテストの信頼性に疑問が生じて混乱したそうです。
ストレスチェック制度を導入する側の問題点

ストレスチェックテスト担当の多くは総務部だと思いますが、そもそも総務部は心の問題を扱うエキスパートが所属する部門というわけではないですよね。
ですから、おそらくストレスチェックテストの内容も理解できないでしょうし、派遣された産業カウンセラーの力量も判断できないでしょう。
たとえ人事部がある企業でも、『人を採用するための目利き』と『社員がダウン寸前かどうかの目利き』は似ているようでまるで異なるスキルですから、専門家としての肩書きが付いている人の診断結果を信じるのが普通です。
ぼく自身、会社員時代から悩みを聞いて欲しいと来る多くの人に対してカウンセリングをしてきたのですが、やっぱり一度はちゃんと話を聞かないと、相手が単に愚痴を言いたいだけなのか、それとも話している内容の裏に本当の問題が隠れているのかが判断できないことが多いです。
まして、ストレスチェックテストはぼくが見た限り、心理学の本を2~3冊読んだことがあれば、何を選択すれば一番健康的な結果になるか、その逆に病気と判断される結果になるかを、けっこう簡単に選択できてしまいます。
つまり、チェックテストの結果を参考にして面談者と対峙するのは問題ないですが、テスト結果を鵜呑みにしてガッツリと先入観を抱いたまま面談者と対峙すると、面談者をミスリードしてしまう可能性が高くなります。
まとめ:ストレスチェック制度と理想的な社会

まあ、いろいろな利権や古い考え方などもあるでしょうし、ビジネスマンをしっかりと救済できる制度に育つにはまだ数年はかかると思います。
だから、ストレスチェック制度が働く多くの人に役立つ仕組みになるまでは、ストレスチェックテストを補完する人的な支援が必要だと思います。
人的な支援とは、
テスト結果がどれくらい的を射ているかチェックすることじゃないか?
と思います。
でも、それよりも日本もアメリカのようにカウンセリングを気軽に受けられる文化が広まるほうが、健全で心の健康を維持するのに理想的だと思うんですよね。
カウンセリングの良さって、仕事や人間関係の築き方や進む方角を話しながら軌道修正できることなんですよね。
ストレスの問題も同じで、カウンセラーに話しながら、
自分がどんな行動、どんな関係に一番ストレスを感じているのか?
そして、一番ストレスを感じていることを迂回したり、ぶつかり方を弱めるにはどうするのが良さそうか?
ということを一緒に考えられることなんですよね。
日本では、カウンセラーの代わりに占い師のところへ行く人もいますけど、
ビジネスマンの中には占い師に、
「あーしなさい、こーしなさい、じゃないと地獄に落ちるよ!」
と指示されることに抵抗を感じる人も多いでしょう?
カウンセリング文化が育ったアメリカ社会などは、きっと仕事や人間関係に関しては占いや宗教に頼るより、現代の心の専門家と話すほうが効率が良くて効果があると広く認められているんでしょうね。
まずは10代の若い人たちの間で、
「悩みを話すなら、占い師よりカウンセラーだよね~。」
と言ってもらえるくらいの認知度になりたいなあ・・・・
なんて思う今日このごろです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
驚異!心霊のみなさまのホスピタリティ〜あなたは学べていますか?

!あらかじめお断りしておきます。
この話はただのネタなので、読んでもなんの役にも立たないと思います。
ただし、飲み会やコンパで話のネタに困った時には使えるかもしれません。
あと、まだお風呂に入っていない方は、これを読んだ後にお風呂で頭を洗っていると、後ろが気になって仕方がなくなるかもしれません。
その場合は責任を負いかねますので、ご自身の判断で読み進めてください・・・。
驚嘆、20年続く恐怖の宴・・・

さてさて、みなさんは人気ビデオシリーズ
「ほんとにあった!呪いのビデオ」を知っていますか?
レンタル店のジャパニーズホラーコーナーに行くと、ズラーーーっと並んでい流、あのシリーズです。
ほんとにあった! 呪いのビデオシリーズの一覧 - Wikipedia
「ほんとにあった!呪いのビデオ」は、
なんと1999年から現在まで20年も続くオカルトホラーシリーズです。
最近では、地上波テレビでもオカルト特番でオイシイところだけを切り取って放送されていますよね。
「ほんとにあった!呪いのビデオ」シリーズの特徴は、
素人が旅先などで撮っていたビデオに心霊が映っていた!
という投稿ビデオを集めたオムニバス形式のシリーズで、
素人投稿形式のフェイクドキュメンタリーのパイオニアです。
ぼくは、どちらかというとVHS時代の作品の方が好きです。
これは、好みと、ぶっちゃけてしまえば監督の演出の影響もあるのですが、VHS時代の方が投稿映像の画質が荒いせいで、よりリアルに見えるんですよね。
ぼくはスカパーでやっていると、ついつい深夜まで観てしまいます。
観出したら最後、霊が映る一瞬を見逃すまいと目が釘付けです。
なにせ、本物が混ざっているという噂がありますからね・・・。
そして、いつも観ながら反省してしまうんです・・・。
あなたはもう、心霊から目をそらすことができない・・・

もし、あなたがこのシリーズを観たことのあるならお聞きしたい。
あなたは、ビデオに映り込んだ心霊のみなさんに勝てている自信はありますか?
あのサービス精神に。
改めて、よくご覧いただきたい。(Replay)

カメラが一瞬動いた後、元の場所を映した瞬間に合わせてベットの下に寝転んで、あえて無表情でこちらを見ている・・・。
2階の窓から覗いている・・・。
廃墟の押入れの上から、あえてグレーの顔色で横から顔だけだしている・・・。
花火の煙を利用して、顔が浮かび上がらせて映り込んでいる・・・。
高度なテクニックを使える心霊さんだと、拾ったビデオテープを再生させると、
ガガーー!ピービーー!ザザーー!
しばらくの間、ノイズ音と荒れた映像を見せます。
「荒れた映像しか再生されないじゃん、残念。」
と思わせた後、突然!
画面上部から左側を沿うように首だけで無表情に下へ降りて行くわけです・・・。
恐怖と同時に心臓を鷲掴みにするその姿・・・

これほど視聴者にインパクトを残そうと考えに考えた構成は、そこらの映画監督でもなかなかできないんじゃないですか?
はっきり言って、お化け屋敷はあの心霊さんをプロデューサーとして契約したほうがいいですよ。
そして、ぼくはこのブログを書きながら、また日々人と関わりながら、自分に問いかけるわけです。
「自分は、あの死んでもなお、己の魅せ方、どうせ怖がられるなら中途半端な怖がらせ方では申し訳ないというプロ根性で、ビデオにギャラ無しで映り込む心霊さんのような努力ができているのか?
みんなを楽しませよう、というサービス精神は持ち合わせているのだろうか?」
と。
パーティーに呼ばれた時、自分はごくごく普通にお店の扉を開けて、「お疲れ様で~す」とか適当に言いながら席についていないだろうか?
集合写真を撮る時に、いつも直立不動の真顔で写ってないか?
(それはある意味、面白いか。)
あなたですよ、あなたに問います・・・。

さて、ここまでブログを読んでくださっている方の中で、
まだ肉体がある生きている側のあなたに質問します。
あなたは、あなたの左肩にいつもいらっしゃる心霊さんに、
「あなたに負けないように今日も精進しました!」
と胸をはって言えますか?
今回のポイント・・・

投稿映像に映り込む心霊さんたちのサービス精神、ホスピタリティは超一流だ。
ぼくたちは、心霊さんを恐れるよりもまず、役に徹するプロフェッショナル精神を真摯に学ぼう。
「ほんとにあった!呪いのビデオ」シリーズよ、永遠なれ!
ビギナーでもできます!未来の自分を育てる現実的な3つの投資法

あなたは毎月、給与明細を見るたびに、
「なんだか損している気がするんだけど・・・」
と思ってないですか?
特に40代の会社勤めの人は、損している感覚が強いんじゃないかな?
今回は、焦って副業を始める前に知ってもらいたい現実と、
ビギナーでもできる、未来の自分への『楽しくて現実的な投資方法』をお話ししますね。
- サラリーマンの直視したくない収入の現実
- 大学院卒に厳しい時代
- 副業解禁と40代のジレンマ
- 自分育成ゲームとしての副業
- まずはいろいろな人の話を聞いてみよう
- あなたとは違う世界の人と話をする3つのヒント
- まとめ
サラリーマンの直視したくない収入の現実

現在は、昭和のバブル期以来の好景気なんて言われているようですが、実際のところは昇給したと言っても数千円。
しかも、昇給額より税金の上がり方の方が急カーブで、昇給したはずなのに手取りは少なくなっている・・・
そういう状況が、もう15年ほど前から続いていますよね。
そのせいで、40歳になっても手取り額が入社時とあまり変わらない。
なのに、最近入社した新人は自分の入社時より初任給が高くなっていることもあり、20歳の年の差がありながら手取り額は差がほとんどない状態。
教育する人間が、教育される人間と手取りが変わらないなんて、
ほとんどマンガです。
それに、40代は人数も多いから、昇進したくても席数が少なくてほとんどの人が昇進できないんですよね。
年功序列の暗黙のルールが、もう機能しなくなっているわけです。
大学院卒に厳しい時代

一昔前ならば、大学院を卒業していればエリートコースだったはずなのに、最近は大学院卒の人数も増えてしまい、扱いが一般社員とほとんど同じになってしまっているんですよねえ。
それどころか、大学院を卒業していると場合によっては企業側が、
「当社ではあなたの経歴に見合う給料が払えません。」
って、企業訪問の段階でお断りされるのを、ぼくも実際に見ています。
さらには、大学で研究を続けたくても研究員の数がすでに飽和状態で、大学に残ることすら難しいんですよ。
大学で働けたとしても、下手したらコンビニでアルバイトしたほうがマシなくらいの給料なんてことも・・・
副業解禁と40代のジレンマ

現代はまさに、団塊ジュニア世代には暗黒の時代と言ってもいいでしょう。
そんな中、多くの会社で副業が解禁されたんですよね。
奥さんから副業を勧める圧力がかかっている人も、いるんじゃないですか?
だけどねぇ・・・
40代で副業を始めるのって、正直しんどいですよね。
40代って、本業の仕事では会社から期待されるレベルも高くなり負う責任も重くなっていますよね。
でも、20代や30代の頃に比べると、体力が落ちているのを実感している人も多いはず。
そんな状況の中で、定時後や週末にもう一つ仕事を増やさなきゃと思っても、なかなか実行できるものではありません。
もし奥さんが専業主婦なら、奥さんを拝み倒して仕事をしてもらった方がハッキリ言って効率がいいですよね。
とはいえ、
「将来のことを考えると不安だし、何か始めないといけない気がする・・・」
と考え込んでしまう気持ちもよくわかります。
ぼく自身、会社員時代に「このままでは定年後にすごく困るだろうな。」
と散々考え悩んだくちですから。
とくに、40歳になって20代のころと収入がほとんど変わっていない自分を見つめると、なんだか自分が何も達成できていない気がして、こんなことを考えちゃうんですよね。
「もしかして、自分はこのまま人生が終わっちゃうんじゃないか?」
ってね。
それで、不安の根拠があいまいのまま、気持ちだけが焦っておかしな行動をしてしまう人もいるんですよ。
冷静に考えれば引っかからないような、すぐに儲かることをうたったセミナーに行ってみたりね。
自分育成ゲームとしての副業

でも、そんなに焦らなくて大丈夫!
まだ40代でしょ?
いや、50代でも定年までにはまだまだ時間がありますよ。
今は、手取りが税金で目減りしているとしても、毎月確実に一定額が振り込まれる環境があるわけですよ。
そんなラッキーな環境を利用しない手はありませんよ!
副業というと、現在の給料を補うために始めるというイメージが強すぎますが、それだけじゃないんですよ。
・定年後を見据えた
・将来安心して暮らすため
・自分らしく楽しく暮らすための手段を今から時間をかけて構築していく手段
と考えた方が健康的で良いです。
副業を、収入の足りない分を補う目的で行うのではなく、
未来の理想的な自分を育てる目的で行うなら、
ポジティブで楽しめると思いませんか?
まずはいろいろな人の話を聞いてみよう

この、
・定年後を見据えた
・将来安心して暮らすため
・自分らしく楽しく暮らすための手段を今から時間をかけて構築していく手段
という目的で何かを始める時は、
自分と同じ世界で同じ目線で生きている人と話していても答えはなかなか出てきません。
つまり、あなたが会社員なら会社員の話を聞いたところで、何も得るものはないということです。
それは、仮にあなたが商社で働いているとして、相手は広告代理店で働いている人だったとしても、会社のルールの中で働いている人同士なので、未来の理想的な自分を育てるのには役に立たないという意味です。
もし、未来の自分への投資を考えるのなら、ぜひ会社にいてはなかなか話す機会のない人と会ってみてくださいね。
あなたとは違う世界の人と話をする3つのヒント

でも、
「会社のルールとは違う世界で生きている人と話すって、どうすればいいの?」
と思いますよね?
実は、それほど難しくないんですよ。
あくまでビギナー向けの方法ですが、3つヒントをお伝えしますね。
1.バーやスナックへ行く

コミュニティに興味があるなら、スナックへ行ってママと話すといいでしょうね。
流行っているスナックには、近所のおじさんたちが集まるそれなりの理由があるのですが、その秘訣がママさんからつかめるかもしれません。
バーもコミュニティとして成り立っているお店もありますが、あなたが将来、一人で何かをしたいと思っているなら、小さなバーのマスターとお話しするのをお勧めしたいですね。
理由は、一人でお店を切り盛りしているマスターって、グラス一つにもこだわっているくらい、ある意味マニアな人が多いからです。
ウィスキーやワインなど、特定の種類のお酒について知識が豊富な人が多いように、それは何か強烈なこだわりがあって、それを知ってもらう場としてお店を開いているんですよね。
ぼくも昔、世界のビール専門のバーへ通っていましたが、そこのマスターもグラスの洗い方、保存の仕方、とくに生ビールの注ぎ方にすごいこだわりがあって、たしかに日本一美味しいビールが飲めましたが、何よりもビールの本当の美味しさを伝えようとする姿勢に学ぶところが多かったんですよね。
2.まち歩きや読書会などのイベントに参加する

Facebookをやっている人なら、検索すると地元のイベントがたくさん出てくると思います。
どうして、まち歩きや読書会を例に挙げたかというと、変な勧誘にあうことは滅多になく安心だからです。
まあ、主催者がちゃんとしているイベントなら勧誘するような人は混ざっていないですけど、イベントに初めて参加する人は主催者がちゃんとした人かなんてわからないですからね。
まち歩きと読書会なら有名なイベントが多いですから、安全度が高いですよ。
で、どうしてこれらのイベントに参加することをお勧めするかというと、これもぼくの経験上の話ですが、有名な雑誌や新聞などで記事を書いているフリーライターや、自分自身でも何かイベントを主催している人が参加していることが多いんです。
そういう人と知り合いになれると、イベントのお手伝いをさせてもらえたり、知らない業界の話を聞けたりしますからね。
3.コーチと契約してみる

手前味噌ですが、コーチと契約してコーチングを受けてみるのもお勧めです。
コーチングを受けることは、自分の理想像を見つける機会になります。
そして、その理想像に近づくために、どんなアクションをしていけばいいか?
ということが明確になるんですよね。
そして、あまりにも安い金額でたくさんの量をこなしているコーチだと、世間話をする時間がないかもしれませんが、クライアントさんにしっかりと向き合うスケジューリングをしているコーチであれば、話が多少脱線してもしっかりとつきあってくれるはずです。
コーチって、以前はあなたと同じように会社員として悩みながら働いていた人が多いですから。
きっと親身になって、いろいろな話をしてくれますよ。
まとめ
あなたの理想的な未来を目指すために、あなたとは違う世界の人と話そう。
・コミュニティのスペシャリスト、スナックのママ
・こだわりを突き詰めたスペシャリスト、バーのマスター
・フリーランスやイベント主催者のいるまち歩きや読書会
・過去にあなたと同じ悩みを持っていた気づきのスペシャリスト、コーチ
こういう人たちと話せば、きっと未来のあなたにとって役に立つ気づきが得られるはずですよ!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
田舎暮らしの実際から学びたい、おおらかに生きることの大切さ

近ごろのSNSを見ていると、
他人に対して厳しい人が多いなー。
と思いませんか?
これはぼくの推測で、とくに調査データなどがあるわけではないのですが、企業が成果主義という名の減点評価法を本格的に導入しだしてから、社会人の心に余裕がなくなっていったころと同時期にツイッターなどのSNSサービスが広まっていったんですよ。
その中でも匿名性の高いSNSが、ネガティブな感情とストレスのはけ口として使うのに相性が良かった。
一時期、炎上商法というのも流行りましたが、心のカタルシスに相性のよかったネットの中にはゴミ捨て場のごとく世界中の言語で罵詈雑言が山盛り状態ですよね。
でも、人の体は不思議なもので、ストレスの解消で毒を吐き続けていると、やがて自分自身が自分の吐いた毒に蝕まれていきます。
やっぱり、ネガティブなマインドを治すには、視点をポジティブな方向にしっかりとフォーカスすることが大事です。
今回は、里山暮らしをしている方にインタビューしてわかった、
スローライフの本当の姿
から、会社や私生活で大らかな気持ちで生活するための考え方をお話しします。
- 田舎でスローライフって実際はどうなの?
- 忙しいはずなのにおおらかなのはなぜ?
- 2008年ごろ会社で起きた変化
- おおらかに働くヒント
- おおらかに生きる方法を、ぼくに一つ提案させてください。
- 旅先で浮かぶのはイヤミな顔?それとも・・・
田舎でスローライフって実際はどうなの?

みなさんの中にも、将来は田舎に移住してスローライフを満喫したいと思ったことがある方がいるのではないでしょうか。
以前、愛知県豊田市のとある里山で農業をしながら暮らすご夫婦にお話を伺う機会があったのですが、そこでこんな話がありました。
「里山暮らしというとスローライフと思うかもしれないけど、とんでもない!毎日やることがいっぱいあってバタバタと忙しい。」
というのも、畑も田んぼも毎日草むしりをしないと追いつかないし、周りのお年寄りから田んぼの世話を頼まれるから、それも含めて世話をしているとあっとゆうまに夕方になるんだそうです。
とくに田んぼのある景色は、いまのお年寄りが一生懸命守ってきた風景だから雑草に覆われた姿を見ると胸が痛むんですって。
お年寄りのそういう気持ちを思うと、どんなに忙しいと思っても手が抜けないんですって。
でもね、それが嫌じゃないんですって。

毎日一生懸命、田んぼや畑の手入れをしながらふと見上げると、目の前には緑の山と青い空が広がり、夕方にはオレンジに染まった空。
田んぼ脇の小川には、野生のホタルが普通に飛んでいるそうで。
ホタルが飛ぶ季節には近所の人がビール片手に来て、
「ホタルを見ながらビール飲もうや」
って誘ってくれるんだそうです。
そんな生活をしている皆さんは、引き締まった顔をしています。
でも、どこか余裕のある表情をしているんですよね・・・。
忙しいはずなのにおおらかなのはなぜ?

あなたは、ここまで読んでどう感じますか?
都会生活でいうような、どこかイライラをまとった忙しさとはまるで違うものに感じませんか?
田舎で住んでいる人全てがそうだとは言いませんが、田舎暮らしの人の言う「忙しい」という言葉にはどこか、日本人特有の謙そんみたいなニュアンスを感じます。
話をうかがったご夫婦は、最近は道の駅などで野菜を買ってくれる人の顔が見えるようになった分、その人たちに美味しいものを届けたくて最高のものを育てようと思っているんですよね。
また、近所のご老人の田んぼを一生懸命世話するのも、そのご老人たちからいい野菜の育て方を教えてもらったり、いろいろと気遣ってもらったりすることへの感謝の気持ちもあるのではないでしょうか。
余談ですが、ぼくも遊びの延長のような畑をしていましたが、やっぱり野菜を育てていると野菜が健康においしく育ってくれるような環境にしてあげたいと思って、納得できるまで草むしりをしちゃうんですよ。
本当に、気づいたら2時間くらい経っちゃっているんですよね。
あ、いま、「2時間もむしるくらい草が茂っているなんて、普段サボっているな?」と思いましたね?
実は、場所がちょっと遠くて1週間に1度くらいしか行けてないんですよ。
夏場は、どれだけ抜いても1週間で草ボーボーになりますからね。
カエルがぴょんぴょん跳んでるし。

ちょっと話が脱線しました。
ご夫婦の話を聞くと、自分の畑や田んぼを無農薬で育てながら、ご近所のお世話になっているご老人の田んぼの面倒も見るなんて、たしかにどれだけ時間があっても足りないように思えますよね。
でも、そんな毎日の生活なのに、忙しいと言いながらもどこかおおらかな空気を感じませんか?
2008年ごろ会社で起きた変化

場所は変わりまして、会社の話です。
ぼくが会社で働いていた20代の頃、20年くらい前でしょうか。
その頃は、ものづくりの現場でも顧客に少しでも良い製品を届けようと、みんなで日々の仕事の合間に集まってはあれこれと議論し、テストをしたり工程を工夫したりしていました。
そんな現場には、みんなで切磋琢磨しながらもどこかお互いを認め合えるようなおおらかな空気がありました。
その後、10年くらい前でしょうか。
ちょうど、リーマンショックが起きた前後です。
製品は100点である必要はない。70点をコンスタントに出せれば良いんだ。
ということを言い出す人が管理者の中から出てきて、そこから最低限の品質を守るための効率化を求められるようになってからは、仕事が楽になることは一切なく、現場にはむしろイライラと疲労が蔓延していったように見えました。
現場で実際に戦っていた人はみんな、常に100点の品質を目指して工夫し続けなければ70点すら取れなくなることを知っていたのですがね。
当時、生産管理などの部門で役職者だった人は、現在の工業界の有様を見て何を思うのでしょうね?
ちなみに、大辞林で「おおらか」を引くと、
とあります。
この説明のイメージなら、農業でも工業でも自分の気持ちを制限する奇妙なルールに縛られず、顧客や自分に縁のある人たちに胸を張って届けられるものを作れる環境にいられるなら、おおらかな人間性を保てる気がしませんか?
少なくとも、そういう環境であれば、心を病むようなことは滅多にないと思います。
おおらかに働くヒント

では、おおらかな人間性を保ちながら、胸をはれるようないい仕事をして行く方法はないのでしょうか?
ヒントはあります。
それは、戦後に会社を大きくした社長から学ぶんです。
ぼくが務めていた会社の社長にも、カリスマ性のある方がいました。

昭和のカリスマ社長って、どうしてカリスマ性があったのか?
と観察すると、みなさん部下の行動の結果はご自身で責任をとったんですよ。
社長は、会社を経営する上で、全ての仕事を自分一人でできないから社員を雇うんです。
だから、社員の行動した結果は自分が行動した結果と同じですから、会社が継続していくために社員がチャレンジしたことについては全て、社長が責任を負うんですよ。
その全ての責任を負うと言うことを本気でやっていた社長は、自分自身も営業活動をするし、新しいアイディアが浮かんだら、社員を呼んで熱心にアイディアを話し、実現可能かを問います。
そういう社長の元だと、経営幹部だけでなく、若手社員も誰から言われるわけでもなく自分から責任をもって働こうとするんです。
目標が明確ですからね。
社長が熱っぽく語る経営戦略を、みんなでどう実現していくか?
それだけじゃないですか。
現在の会社の仕事で細かいことっていうと、仕事をする上で上司が決めたローカルルールを守るとか、稟議書の書き方だったりとか、もはや意図と目的がズレてしてしまっている5S運動の徹底みたいなことばかりじゃないですか?
本来の、
お客様が喜ぶこと
新製品で暮らしを良くすること
ということに集中していれば、たとえ生産ラインの効率化という業務であったとしても、おおらかさは十分に保てるんですよ。
年次目標で不良率を5%削減できなかったら減点、なんてことをいつまでもしているから、みんなおおらかさを失って心を病んだり、パワハラする状況が生まれるわけじゃないですか。
おおらかに生きる方法を、ぼくに一つ提案させてください。
会社の場合

田舎暮らしのご夫婦の話を参考に、会社員として仕事をするときも、社内の上役の顔色をうかがいながら目標を決めるのはやめて、そのときのお客様の笑顔が浮かびそうなことを目標にする。
もしあなたが現在、管理職ならば、部下に年度目標を立てさせる際、お客様が会社のファンになりたくなることを前提に目標を立てられるようアドバイスをする。
私生活の場合
自分の夢中になれることでも、それ以外でもいいですが、だれかが喜んでくれそうなことにつなげてみてはどうでしょうか?

子供のころ、近所の家で花の苗を無料て配っている方がいました。
そのかたの家の前を通りかかると、門の前に苗がポッドに入れた状態でたくさん置いてあり、「ご自由にお持ち帰りください。」と書いてありました。
きっと種から花を育てるのが好きな方だったんでしょうね。
たぶん、たくさん種をまくと、ご自身の庭に植えたい株数以上の芽が育つんでしょうね。
その余った株を、売るのではなくご近所さんに自由にもって帰ってもらい、
よその家庭の庭も花でいっぱいになったらうれしい。
そんなことを思われていたのではないでしょうか?
なんだか、島田紳助の「素敵やん」っていう声が聞こえてきそうです。
旅先で浮かぶのはイヤミな顔?それとも・・・

花の苗の話は、さすがに誰でも真似ができるものではないかもしれないですね。
でも、ぼくの話をするなら、
旅行に行ったときのお土産は、自分が楽しむために買うことってほとんどないんですよ。
おみやげ屋さんでお菓子などを選ぶときは、たいてい友達やお世話になっている人の顔が浮かんでいます。
だから、お土産を選ぶときは、めちゃくちゃ真剣です。
あなたにも、自分以外の人の笑顔が基準になっている行動ってありますよね?
それを参考に、誰かを笑顔にできそうなことをやってみてください。
きっと、重箱の隅をつつくような人間関係から、結果オーライのおおらかな人間関係になると思いますよ。
そんな人生って、素敵やん?
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
日本人が苦手な消費と供給から考えるゴール・目標の設定方法

日本人は、まだまだゴールの決め方が下手です。
特に40歳以上の人は、これまでの人生のゴール、目標の立て方が間違っていることが多いんです。
なぜかというと、子供の頃からゴールの決め方を間違って教えられてきたからです。
試験に合格すること=ゴール
の世界観の中で成長してきたんですよね。
たとえば、
東大に合格する
早稲田大学合格する
自動車メーカーなどの大企業に入社する
というような、有力な組織に所属することをゴールと教えられてきました。
組織に所属することが、ゴールを達成する手段になっている人は、本当に少ないです。
今回は、ゴールって何を基準にして考えればいいの?
ということを、『消費と供給』をキーワードにお話ししますね。
日本人はみんな目標を立てるのが下手くそ

冒頭で、
40歳以上は人生のゴールの立て方が間違っている人が多い。
と話しましたね。
それでは、30歳以下の人はゴールの立て方が上手か?
というと、そうでもないんですよね。
世間では、新しいライフスタイルが、国内外で常に生まれていますよね。
古民家をリノベーションして、シェアハウスやゲストハウスを始める、泊りに行く、というのもあくまでもブームのひとつです。
1960~1970年ごろの若者なら、ヒッピームーブメントが海外から入ってきた新しいライフスタイルだったのではないでしょうか?
でも、ヒッピームーブメントが手段だったアメリカと違い、日本ではヒッピーっぽいファッションをすることが目的だったので、ヒッピームーブメントを生活のはけ口にしていた人はいても、ヒッピームーブメントで目的を叶えようとしていた人はゼロ人に近かったはずです。
シェアハウスやゲストハウスが、これからどうなって行くのか?
気になるところです。
アドレスホッパーという新しい生き方

マツコ会議というマツコデラックスの番組で、アドレスホッパーを紹介していました。
アドレスホッパーをザックリと簡単に説明すると、
住居を持たず、好きなときに好きな土地で生活する人のことです。
以前、ノマドワーカーという言葉が流行り、
その後、ミニマリストというのが流行りましたよね?
アドレスホッパーは、そのノマドワーカーとミニマリストが合わさったようなイメージですね。
個人的には、ゲームの女神転生の悪魔合体で、ノマドワーカーとミニマリストからアドレスホッパーが誕生したイメージが浮かびました。
それは冗談として・・・
番組では、アドレスホッパーのメリットを、関係人口などと絡めて説明していました。
ちなみに関係人口とは、田舎などの地域へ移住せずに関係性を深めて、その地域に貢献することを言います。
おそらく、ノマドやミニマリストと同じように今後話題になって、ボクもワタシも!とチャレンジする人が増えるのではないでしょうか。
アドレスホッパーを批判しているのではないんですよ。
アドレスホッパーという生き方は、一つの手段としてありだと思っています。
ただ、アドレスホッパーも、
どういう理由でその生き方を選ぶのか?
というところをちゃんと考えないと、消費するだけの人で終わってしまうかもしれませんよ。
消費される側でなく、供給する側に。

消費と供給、それぞれの言葉の意味の違いはわかりますよね?
でも、あえて大辞林で調べた意味を載せますので、一度読んでみてください。
消費
物・時間・エネルギーなどを、使ってなくすこと。
供給
必要に応じて、物を与えること。
どうですか?
改めて読んでみると、言葉のイメージがはっきりしませんか?
この消費と供給を、個人に当てはめて言い換えてみましょうか。
消費は、自分の役に立つことをする。
と言い換えられます。
では、供給ってどういうことですか?
人の役に立つことをする。
と言い換えられますよね。
この、供給する側、人の役に立つことをする側で生きようとすると、ゴールの質が変わってきます。
何度もたとえで使って申し訳ないですが、
アドレスホッパーがゴールでは、自分の欲求が満たされて終わってしまいます。
でも、人の役に立つことをゴールにしているなら、アドレスホッパーになることがゴールにはならないですよね。
人の役に立とうとして色々と試していたら、アドレスホッパーっていう立場に行き着いた!
というなら理解できます。
自分のスキルやアイディア、生産したものを供給する手段になっていますからね。
まとめとして、いい感じのゴールの立て方

東大に入る目的は、官僚になるため。
これでは寂しいですよね。
東大に入るのは、官僚になって貧困家庭をなくすため。
これは、なかなか良くないですか?
とはいえ、自分のためのゴールだって、素晴らしいものもあります。
プロ野球選手になって、やがてはメジャーリーグに挑戦する!
という場合は、自分のためのゴールですが、一方で多くの人たちを喜ばせる、ワクワクさせることができますよね。
プロの道をあきらめた仲間の思いを背負うというのも、なかなかすごい話です。
とは言え、官僚もプロスポーツ選手もスペシャリストの世界で、誰もが目指したいゴールではないんですよね。
それでは、ぼくやあなたのような普通の人は、
一体どんなゴールを立てればいいのでしょうね?
まず、自分の持っている能力で身の回りの人が笑顔になりそうなことをゴールにしてみてはどうですか?
そのゴールを目指してみて、実際に友だちや親や子どもの笑顔を見られたのなら、その先にいる人の笑顔が想像できるようになるはずです。
そして、その先の人の笑顔の先には、また笑顔・・・・
そういう方法なら、誰でもゴールを大きく育てやすいですよ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
運命からつかみ取れ!逆境をチャンスに変える魔法の質問

運命を淡々と受け止める
なんていうと重い話に聞こえるかもしれないですが、今日はこんなテーマで一緒に考えてみましょう。
一見すると悪いと感じる運命も冷静な目で観察すると、あなたの本心が見つかって、むしろあなたの叶えたい人生が拓けていくかもしれないんですよ。
運命を淡々と受け止めると、どうして人生が開けるのか?
その理由をお話ししますね。
ちなみに、運命がなんだか重苦しいと思う場合は、
運命を「いまの自分に大切なこと」と読みかえてもいいですよ。
- あなたにも「これは運命だ!」と感じた出来事がありますよね?
- 運命の正体[本来、人間には生きる目的なんてない]
- 想定外に出会ったときに忘れないで欲しいこと
- 寝耳に水だった出来事を冷静に観察した結果
- 自分を冷静に見られる『魔法の質問』
- まとめ
あなたにも「これは運命だ!」と感じた出来事がありますよね?

運命、なんて言葉を使うと壮大な話になりそうですが、人間誰しも「これは運命的だ!」と思うような出来事にあうことは1度や2度あると思います。
ショッピングモールのペットコーナーを歩いて通り過ぎようとしただけなのに、ガラスの向こうの豆柴と目が合った瞬間、「こ、この出会いは運命だ!」と連れて帰ることを即決してしまう人がいます。
京都の東寺で仏像と対峙した瞬間、空海との運命を感じて四国へお遍路に旅立つ人もいるでしょう。
プロ野球のピッチャーが、大事な試合で打たれた1球に運命を感じてユニフォームを脱ぐ決断をした。
という話を聞いたことがありますよね。
「私よりアイスクリームの美味しさを理解している人はいない!」
「たくさんの人にアイスクリームの美味しさを伝えることは自分の運命だ!」
と毎日アイスを食べてブログを書いている人だっていていいですよね。
他人からは深刻に見えようが軽く見えようが、運命はその人のもので、その人にとっての人生の分岐点なんですから他人が批評するものではありません。
とはいえ、多くの社会人にとって仕事上で運命と感じるものが突然目の前に現れた時、
目の前のことにどのような対応ができるか?
によって、その先の未来は大きく変わるんです。
運命の正体[本来、人間には生きる目的なんてない]

人間なんて、本当は生きる目的や目標なんてなくてもいいんですよ。
目的や目標なんて、生まれた時には誰一人持っていません。
目的を持って生まれて来たのは、生まれた瞬間に立ち上がって天と地を指差したブッダくらいのものです 笑。
でも、人間は高度に発達した脳を持っていますよね。
その脳は、石器時代のような身の回りに人間を捕食するような強い生き物がたくさんいた時代には、生き残ることのみに全力を尽くしていました。
それが、時代が進む中で文明が発達し、強い生き物の脅威から切り離され、さらには強い生き物を狩る側に立つことで生命の危機にさらされにくくなってからは、脳が暇をもてあますようになったんですね。
それからです。
生きる目的を考えるようになったのは。

夜、星空を見上げながらおかしなことを言う奴があわられたわけです。
「なんで俺たちは生きているんだろう?」
みたいな。
最初こそ、
「変なことを言う奴がいるなー。」
くらいの反応だったのに、周りにいた人たちの頭の中で暇を持て余していた脳には、とんでもないアハ体験が発生です!
「やったぜ!やっこさん、最高の暇つぶし方法を発明しなすった!」
と言う感じで、たくさんの人が運命の原型みたいなことを考え始め、やがて哲学や科学が生まれていったんだと思うんですよね。
そして、その哲学や科学が経済などを発明していき、世の中がどんどん複雑になると同時に、
生きるためにはお金を稼がなきゃいけない。
お金を稼ぐには、ぼくはどんな価値を提供すればいいんだろう?
そもそも僕の価値って何だろう?
ぼくは何のために生きているんだろう?
というように、自分が生きている意味を考えるようになるんです。
すると、運命の正体が見えてきませんか?
本来は、自分が生きている理由が欲しい人が、たまたま目の前で起きたことに自分に都合のいい理由を結びつけて受け入れようとすることなんですよね。
想定外に出会ったときに忘れないで欲しいこと

その感じた運命が、『現在の仕事が好転すると確信できる人との出会い』のようなものであればハッピーです。
しかし、現在の仕事とは関係のない分野の仕事に運命を感じた時はどうですか?
心の中で、大きな葛藤が起きると思いませんか?
または、現在の仕事を諦めなければならないような出来事だった場合はどうでしょうか?
それが、上層部との軋轢であった場合は?
肩たたきに近いことをされた場合は?
普通なら反射的に敵意が生まれ、長期にわたってもめ続けることもありえますよね。
「仕事を認めない役員共が憎くて仕方がない!」
「私を辞めさせようとしているあいつらを許せない!」
普通、そうなりますよね。
そりゃあそうですよ。
自分を否定されるようなものですから。
まるで、これまでの社会人生活と人格すべてを否定されたような気がしますよね。
だから、自分の気がすむことはないのはわかっていても、とことん抵抗を続けることもあるでしょうね。
ただ、怒りなどで反射的に決断した運命の奥には、
あなたにとって本当に大切なものが隠れていなかったか?
ということを見直すのも忘れないで欲しいんですよ。
寝耳に水だった出来事を冷静に観察した結果

ぼくのことを例にお話しすると、
ぼくには数年前、実現させたい目標がありました。
その目標を実現させるために、ある大学に勤めて試行錯誤していたのですが、組織の事情で1年で去らなければならなくなったんです。
その事情は、ぼくにとっては寝耳に水である上に、ぼくには一切責任のないことなので、正直怒りがなかった訳ではありません。
昔のぼくなら、たとえ相手が社長であってもとことん戦おうとしたでしょう。
でも、大学では、突然現れた運命をなぜかものすごく冷静な目で観察することができたんです。
そして、
「どうやら、自分がやりたいことに続いている道はここにはないみたいだな。
ということは、目標につながる道は他にあるということか。」
という解釈ができたんですね。
もちろん、大学の対応に納得していたわけではないんですよ?
でも、そこにこだわっていると、時間が無駄になるだけでなく、心労もどんどん溜まるだけで、何も進まないまま命を無駄にしてしまうと感じたんです。
時間=命ですからね。
自分を冷静に見られる『魔法の質問』

あなたも、もし突然目の前に理不尽に感じるようなことが起きた時、
一度冷静になり、あなたの現在立っている場所をよく観察してください。
あなたの中に、
・ずっと考えている目標
・やらなければ後悔するのがわかっているのに躊躇していること
・もう決断しているけど、どこから手をつけていいかわからず立ち止まってしまっていること
そのような目標や、やってみたいことがあったとします。
もし、あなたに理不尽と感じるようなことが起きて立ち止まらなければならなくなったとき、一度冷静になって、淡々とこう質問してみて欲しいんです。
「この理不尽なことは、人生を見つめ直すために自分が招いた分岐点ではないかな?」
もしかすると心の奥で、現在の仕事と、あなたの本音や目標、やりたいことの間に距離を感じているのかもしれませんよ。
その運命の分岐点、どちらを選ぶべきなのかはあなた自身が一番理解しているはずです。
だから、起きた事象だけを見るのではなく、できるだけその周りの一見すると関係なさそうなことまで観察してください。
一見すると関係がないように感じる周りの出来事をふくめた運命を感じる出来事の中に、逆境がチャンスに変わる鍵が隠れているものです。
そうやって運命を淡々と見つめていると、他人の理になるばかりで無駄に時間がすぎていくようなことにこだわっているのは馬鹿馬鹿しい、と心から思えてきます。
やがて、無駄に大きい重りを投げ捨てるかのように、怒りや焦りの原因となっている悪縁を断ち切ることができるでしょう。
そして、あなたの目標ややりたいことにつながる道を軽やかに進む力が湧いてくるはずです。
そうなれば、しめたもの!
チャンスの鍵は目の前にあったんだと、すぐに気づくはずです!
まとめ
本来、人間には生きる目的なんてない。
一見すると理不尽に感じる運命は、あなたにとって人生の分岐点では?
怒りや焦りを感じたときこそ、自分を淡々と見つめたい。
魔法の質問
「この理不尽なことは、人生を見つめ直すために自分が招いた分岐点ではないかな?」
同時期に起きている、一見関係なさそうなこともピックアップして観察する。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
自分に正直はパンドラの箱?移住から考える中年の危機の正体と解決法

岐阜県の石徹白というところに行ってきました。
石徹白という地域は昔から白山信仰の重要な地域で、白山中居神社があるところです。
冬には雪が2~3メートル積もり、1年の半分は雪があるような地域です。
今回は、そんな石徹白に一泊して感じた町の空気と、石徹白に移住して自分らしい生き方を目指している人とお会いして感じたことから、
まず、自分に正直にチャレンジすることの大切さをお話しします。
そして、
自分に正直になることと中年の危機との関係についてお話しした後、
中年の危機をどのように切り抜けたほうがいいか?
ということをお話しします。
石徹白の歴史的な背景

石徹白は白山中居神社で神に仕える人が住む村だったそうで、明治以前は年貢免除、名字と帯刀が許されていたほど特別な地域だったそうです。
なにせ、平安時代から神に仕える人たちが住んで祈り続け、修験者が往来していた場所ですから、スピリチュアル的な表現をするなら村そのものが特別な空気で見たされています。
現在、石徹白で生活している方たちにとっては日常空間であるわけですが、その地域の外から訪れる人にとっては非日常を感じられる場所だなあと思うとともに、面白半分に騒いではいけない場所だとも思いました。
移住ブームの現実と、それでも拍手する理由

現在、人の営みが廃れつつある地域は日本全国にあります。
でも、そんな地域で生きてみたいと飛び込んでいく若者がまだまだ少しですが、存在します。
全ての人がうまくいっているわけではないのでしょう。
事前の調査不足や理想の高さが原因なのか、自分の肌に合う場所がなかなか見つからず、転々と居住地を移動し続けている人がいるという現実もあります。
それでも、ぼくはそんな人たちを喝采したいんですよ。
彼らはまさに、生物としての嗅覚、肌感覚、勘を大切に行動できているんです。
人間、歳をとればとるほど、
体力や集中力の低下に伴う、
「とりあえず飛びこもう!」
という勇気が減少していきます。
その減った勇気を補うために、必要以上の想像や予測をしたり、人間関係のしがらみなどの言い訳をして、生物としての心地よさを遠ざけて生きるのが普通になっていきがちです。
中年以降は、これからの人生に影響が出るような不意の劇的なことが起こらない限り、生物が本来持っている嗅覚、肌感覚、野生の勘といった機能を起動させることはありません。
簡単に言ってしまえば、自分に正直に生きられなくなっていくんです。
そういう飛び込む勇気がなくなる前に、
「自分に正直にチャレンジしてみよう!」
という若者は、変に口を出したりせず暖かく見守りたいものです。
『自分に正直』は中年にはパンドラの箱かもしれない

一方で、中年以降にこの『嗅覚、肌感覚、野生の勘という機能』を起動するのはちょっと怖いんですよね。
『嗅覚、肌感覚、野生の勘という機能』を起動するのは、言うなれば、パンドラの箱を開けるようなものなんです。
たとえば、生活するために一生懸命続けてきた仕事が、
「実は自分のやりたいことではないかもしれない」
という疑問が生まれることがあるんですね。
でも、この疑問の正体が自分では意外とわからなくて、しばらく悶々とする日々を過ごすこともあるんです。
このような、中年以降になってから自分の中から飛び出してきた疑問が原因で起こる、モヤモヤとした悩みと不安や焦りを、
中年の危機
ミッドライフクライシス
という用語で表したりするんですよ。
モヤモヤとした疑問の正体の仮説

それでは、この正体は何なんだろう?
というと、もしかするとそれは、
若い頃に味わった青春と同じものなのかもしれない
というのが現在、ぼくの中での仮説です。
若い頃の青春って、スポーツに熱中したり、好きな人で頭がいっぱいになったり、友達と焚き火を見ながら鑑賞的になって自分語りして、次の日になると猛烈に恥ずかしくなったり、なんていうどちらかというと明るい思い出が誰にでも一つはありますよね?
でも、自分でもよくわからないイライラに心が支配されたり、ちょっとしたことで傷ついたりする、少し暗い面も存在するのが青春というものじゃないですか?
ただ、まだまだ人生経験の少ない若いころは、謎のイライラや傷心があったとしても、日々の新しい経験の中で自然と解消していく人が多いんです。
でも、アラフォー以降で中年の危機のような不安や焦りを感じたときは、自然に解消していくことはなかなかないんですよ。
なぜかというと、アラフォーにもなると、新しい経験なんてなかなかできないからです。
仮に出世したとしても、これまでの仕事に比べて新鮮に感じる内容なんてないですよね。
それでは、不安や焦りを感じたときにどうすると思いますか?
多くの人は、それなりに人生経験を積んでいるせいもあって、自分の中だけで何とかしようと思いがちなんです。
パンドラの箱を開けてしまった時の解決法

まず、一人で何とかしようとするのはやめてください。
あなたも含めて、人というのは自分自身が一番見えていないんです。
そして、自分一人で考え続けているうちに自己暗示にかかってしまい、他人が聞けば明らかに間違ったアイディアでも名案だと信じてしまいます。
その他人が聞けば明らかに間違ったアイディアが、大したリスクのないものであれば失敗しても問題にはならないでしょうね。
でも、間違ったアイディアは多くの場合、失敗したときに、
大金を失う、
大切な人間関係が壊れてしまう、
会社にいられなくなる、
などという、回復まで時間がかかる大やけどを負ってしまうんです。
そんな大やけどをするリスクを回避するためにオススメするのは、
カウンセラー
コーチ
を利用することです。
カウンセラー
カウンセラーは、心の回復のスペシャリストです。
相談者の話を真摯に聞きながら、相談者のイライラや傷心の原因を見つけ、心が前向きになる手助けをしてくれます。
コーチ
コーチは、目標達成のスペシャリストです。
相談者の話を真摯に聞きながら、相談者の中から最良の未来を引き出して、その未来へ進むための戦略をアドバイスしてくれます。
どちらも、半年から1年程度で悩みが解消することが多いです。
まとめ

・中年の危機と若いころの青春はどこか似ている。
・人生経験が豊富でも、自分一人で解決しようとすると大やけどすることがある。
・悩みの内容によって、カウンセラーやコーチを利用しよう。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!
コミュニケーション力向上にもつながる、知識を深めるために臨場感を上げる方法

あなたは、『知っている』というのは実は、『臨場感の強さ』と密接に関係していることを知っていましたか?
会話をする時、ただ知っているだけで話すのと、知っていることに臨場感を感じながら話すのでは、相手への伝わり方が大違いです。
この違いは、コミュニケーション力の差に繋がります。
今回は、知るということと、臨場感をあげることの大切さについてお話しします。
沖縄で経験した臨場感

まずは、沖縄に行ってきたお話からしたいと思います。
どうして沖縄の話をするのかというと、臨場感の説明をするのにちょうどいいからなんですよ。
だから、少し我慢して読んでみてくださいね。
目的は主に3つありました。
・じゅり馬奉納神事を見ること。
・真栄原にある憧れの古本屋に行くこと。
・まち歩きをすること。
じゅり馬奉納神事と古本屋のくわしい話はもう1つのブログにゆずりますので、ご興味がありましたらご一読ください。
じゅり馬について興味を持ったきっかけは、『琉球の花街 辻とじゅりの物語』を読んだからなんです。
その本で、辻という女性だけで運営されていた町の歴史。
戦後、アメリカによって破壊されてからの荒廃。
じゅり馬祭りが一度消滅したあとの復活の経緯。
そんな歴史を持った町ですが、現在は風俗店とラブホテルばかりになっているというのはネットで調べて知っていました。
でも、祭りが残っているのなら、何か昔の記憶に触れられるかもしれない。
と思い、奉納神事に立ち会わせていただいたんです。
ちなみに、辻の近くには恋愛のパワースポットとしても知られる波上宮があります。

さて、
知っている、というのは実は、
臨場感をどれだけ感じられているか?
ということなんですよ。
知る方法は、主に2つですよね。
・インターネットや本で知る
・実際の場所で知る
この2つの違いはなんだと思いますか?
インターネットの強み

ネットや本の強みは、家にいながら情報を知ることができるところですよね。
ネットは今回の神事の日程を調べるときに使いましたが、じゅり馬まつりのような旧正月に行われるようなイベントは、1日でも新しい情報で確認したいですよね?
ネットについては、情報の信頼性をどこに求めるかを考える必要があります。
でも、ネットはGoogleを使えば検索条件に合いそうな複数のサイトが表示されるので、短時間に絞られた情報だけに目を通すことができます。
本の強み

本の強みは、出版社の校閲によって一冊の書かれた情報の信頼性が高いことです。
ただ、一冊読み切るのに時間がかかるのと、ニッチな分野の本は値段もなかなか高かったりするので、手を出しにくいという人もいます。
また、本は出版年月日の関係で、お祭りの開催日を調べたくても2019年とか2020年の開催日まで載っていることはほとんどないでしょう。
もう一つの知り方

この2つに、
人から聞く
というのも加えると3つになるのですが、実は人から聞くというのは、
ネットや本で知る + 実際の場所で知る
を合わせた知り方という一面もあるんですよね。
たとえば、旅先で地元の人が集まるような居酒屋に入って、お店の大将や女将から、町の特徴を聞いたり、その町で有名な事件があったのなら、そな事件の裏話を聞いたりすると、人が話す表情や気配、町の印象から、あなたはその話を文字にしたものを読んだとき以上の臨場感を感じられますよね?
でも、疑うのがいいかは置いておいて、その大将や女将さんが語る内容には、その町に住んでいる人の先入観や憶測が混ざっている可能性も捨てきれないですよね?
だから、たとえ本でも語られず、ネットで検索してもなかなか見つからないような貴重な話を聞けたと思っても、お酒の抜けた次の日に一度冷静な目で情報を整理したほうがいいです。
そして、これは本やネットで知った情報も同様ですが、聞いた情報は実際にはどうなんだろう?
ということを知りたいですよね?
その方法が、実際の場所で知る。
つまり、実際に知ったことを自分の目や耳で確認できる場所へ行って、自分で経験する、自分で調べることです。
実際に自分で調べると、本やネットで知ったことのリアリティが増して行きますよね?
前知識と現地での経験で知った情報のズレ

今回、ぼくが経験したことを話せば、
まず、辻という街の姿です。
全体的な町の姿は、ネットで調べた情報の通り、風俗店とラブホテルが多く、昼間は閑散としていました。
でも、よく見ると、町の外側には新しいマンションが建築中で、風俗の町という姿は数年後にはもしかすると消えて行くのかもしれないということを知りました。
また、実際に神事に立ち会わせてもらうと、各拝所で神人が祈りを捧げている姿を後ろで静かに見届けている女性や神事を滞りなく進められるように静かに立ち回る人たちの姿からは、昔、この町で生きるしかなかった人たちと、その生きる場所を守ってきた人たちへの思いやりを感じました。
「祭りの人たちから思いやりを感じるなんて、お前の妄想でしょ?」
って、あなたはツッコミを入れたかもしれませんね。
妄想でもいいんですよ。
ただ、ネットや本で仕入れた情報だけで妄想するのと、現地で見聞きして、その場の雰囲気を肌で感じた上で浮かんでくる感情やイメージは全くの別物です。
どれくらい違うかというと、野球のバッティングを知るためにマニュアル本やYouTubeで見て自分がホームランを打つ姿を想像して終わるのと、実際にバッティングセンターで打ってみてから想像するくらいの大差です。
仮に、あなたが車椅子生活などでバッティングが難しいとしても、YouTubeで見るのと、車椅子でもバッターボックスから球速140キロのボールが目の前を横切るのを体験するのでは、そのあとで想像した時に感じる臨場感は全くの別次元ですよね?
臨場感は、知ったことを自分のものにするために重要なことなんです。
まとめと余談の臨場感訓練法

知識を自分のものにするためには、本やネットで知っただけで終わらせず、ぜひ現地へ行ってその知識に臨場感をどんどん足して行ってくださいね。
それが、あなたの話にリアリティを生みますから。
つまり、話が相手に伝わりやすくなるので、コミュニケーション力も上がりますよね。
余談ですが、パワースポット巡りは、臨場感をあげる力をつけるのにピッタリですよ。
コツは、パワースポットの空気感をゆったりと味わうことです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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